書評

『選択と捨象 「会社の寿命10年」時代の企業進化論』(朝日新聞出版)

  • 2017/10/20
選択と捨象 「会社の寿命10年」時代の企業進化論 / 冨山和彦
選択と捨象 「会社の寿命10年」時代の企業進化論
  • 著者:冨山和彦
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:単行本(280ページ)
  • 発売日:2015-06-19
  • ISBN-10:4023314196
  • ISBN-13:978-4023314191
内容紹介:
【社会科学/経営】市場の力を活用すれば、日本は再生できる! JAL、ダイエーなど、企業再生の修羅場を知り尽くした著者が、ブラック企業・ゾンビ企業の淘汰から始まる日本再生の処方箋を説く。真の改革のチャンスは危機の最中か直前にしかやってこない。

「何をしないか」が重要 企業経営の本質を喝破

カネボウ、三井鉱山、ダイエー、JAL……。数多くの企業再生を手がけた著者が自らの高濃度の経験から搾り出した経営の本質が綴られている。凡百の経営書とは迫力と重みが違う。

タイトルは『選択と捨象』だが、「選択は捨象」と言った方が本書のメッセージをより正確に表している。

戦略の眼目は「何をしないか」にある。「何をするか」ではない。経営は常に資源制約の下で行われる。だとすれば「何をしないか」は「何をするか」と表裏一体だ。「何をしないか」を決めて、はじめて何かにコミットできる。捨象こそが選択であり、戦略的意思決定の本質である。「集中」は結果として生まれる状態に過ぎない。

逆に言えば、資源制約がなければ戦略は不要になる。すべてを全力でやればいいだけの話だ。高度成長期は経営にのしかかる資源制約が緩かった。過去の緩い資源制約の下で発達したムラ型共同体の経営が、捨象という本来の意思決定をひたすら先延ばしにする。「あれもこれも」の多角化の中で、経営の目的が会社全体の存続にすり替わる。ここにカネボウをはじめとする一連の経営破綻の淵源がある。

「何をするか」の決定は、極論すれば誰にでもできる。しかし、一方の捨象ははるかにタフな仕事だ。捨象は現場から自然と出てくるものではない。だからこそ捨象の担い手としてのリーダーが必要になる。リーダーの存在理由は捨象にある。捨象ができないリーダーはリーダーではない。

本書の議論でもっとも意義深いのは、「会社」と「事業」を分けて考えるという視点である。通俗的議論はソニーや日立といった「会社」を対象としがちだ。しかし、会社は株式会社という制度を機能させるためのフィクションに過ぎない。商売の実体はあくまでも「事業」にある。カネボウという会社が潰れても化粧品という事業は(その器を花王という会社に移すことによって)残る。利益と雇用を創出するのは個別の事業である。「見るべきは会社ではなく事業の質」にあるという主張を繰り返してきた評者としては、本書を貫くこの視点に全面的に賛同する。

当代きっての論客の一人である著者。その魅力は「体幹」の強さにある。軸がまったくぶれない。時流に乗った派手なことは言わないし、フワフワした話は一切しない。強い体幹から繰り出されるハードパンチ。スピードよりも重さに主張の価値がある。著者の本領発揮の快作である。
選択と捨象 「会社の寿命10年」時代の企業進化論 / 冨山和彦
選択と捨象 「会社の寿命10年」時代の企業進化論
  • 著者:冨山和彦
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:単行本(280ページ)
  • 発売日:2015-06-19
  • ISBN-10:4023314196
  • ISBN-13:978-4023314191
内容紹介:
【社会科学/経営】市場の力を活用すれば、日本は再生できる! JAL、ダイエーなど、企業再生の修羅場を知り尽くした著者が、ブラック企業・ゾンビ企業の淘汰から始まる日本再生の処方箋を説く。真の改革のチャンスは危機の最中か直前にしかやってこない。

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初出メディア

週刊エコノミスト

週刊エコノミスト 2015年8月18日

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