『図説藁の文化』(法政大学出版局)

不憫なワラが頼られるワラに変身

日本の伝統文化や人々の心のべースに稲作というものが潜んでいることはしばしば指摘されるし、そういう自覚のない人でも温かくて白いご飯は条件反射的に好きだろう。

稲作そして米、この一件について考古学から農業問題までどれほど大量の本が出されてきたことだろう。今後も、出され続けるにちがいないが、しかし盲点もないわけじゃなくて、お米の成る木の幹ともいうべきワラについてはほとんど体系的研究もなければ本もない。米については生命のもととして大切にされてきたのに、ワラについては“溺れる者はワラをも把（つか）む”のようなマイナスイメージでしか扱われてこなかったきらいがないとはいえない。不憫なワラ。

その流れに浮き沈みする不憫なワラをむんずと把み、岸辺に引き上げてワラ文化研究を二十年以上も続けられてきたのが宮崎清さんであり、その成果がこの一冊『図説 藁の文化』（法政大学出版局）。すでに研究書として刊行されている『藁』（I・II、法政大学出版局）を踏まえ、いかにワラが興味深い素材であり、いかに日本人がワラを巧みに使って生活を豊かにしてきたかを、大量の図版を投入して語ってくれる。

その昔、赤ん坊はワラのムシロの上で産み落とされ、出産に伴う排出物はワラと一緒に処理されたという。そして保温性と吸湿性のいいワラのイズミ（嬰児籠）を揺りかごとして育ち、ムシロの上をハイハイする。育ち終えて外を歩く時は、ワラジ（草履）を履き、雨の日は頭にワラの傘、背にワラの蓑（みの）。雪が降ればワラの靴。板敷きの上にはムシロのほかに円形のワラ座が置かれ、ワラ入りの布団にワラの枕。壁土にはワラがすき込まれ、屋根裏の黒光りする梁はワラ縄で縛られている。衣も住も、ワラ頼り。

食だって負けてはいない。今も現役の納豆を発酵させるための苞（つと）、粗塩（あらじお）のアク抜きの苞、味噌玉、干し大根、干魚などなどのつるしに。もちろん米は俵に、ご飯のおひつは櫃（ひつ）入れに。

祈りも願いもワラ一色で、ワラのサンダワラ（桟俵）に乗る流し雛、お正月のワラの馬。もちろんシメ（注連）飾りは神社も門口も、横綱だってもともとはワラ。ワラ人形に五寸釘。

こうして衣食住から生産、宗教まで健気に働いたワラの最後のご奉公は、わが身そのものの提供で、集められて腐って堆肥となり、焼かれて生ずるワラ灰は、石けん発明以前の洗剤として、焼きものの釉（うわぐすり）として、染め物の発色剤として使われる。

投入された図版は、たとえば注連飾りの場合、全国各地から採集された八十七種。著者の専攻は工業意匠だが、伝統の技術と意匠についてこれだけのフィールドワークをする研究者が現れたということは日本の工業意匠の奥行きがそこまで深まっているという証であり、喜びたい。

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