本文抜粋

『統計の歴史』(原書房)

  • 2020/05/15
統計の歴史 / オリヴィエ・レイ
統計の歴史
  • 著者:オリヴィエ・レイ
  • 翻訳:池畑 奈央子
  • 監修:原 俊彦
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(304ページ)
  • 発売日:2020-03-24
  • ISBN-10:4562057416
  • ISBN-13:978-4562057412
内容紹介:
あらゆることを数字で表し、把握、比較、分析する統計。この便利なツールはいつ誕生し、どのように世界中に広まっていったのか。
目に見えず共有しにくいものに形を与え、世界を知る手がかりとなる統計。数学の一分野にとどまらず、国力の測定や労働環境の改善に用いられたり、進化論の発達に関わったり、文学・芸術と対立してきたりと、世界のあらゆるものに影響を与えてきました。そんな統計がどのように発展してきたのかをひもとく『統計の歴史』の第一章を抜粋して特別公開します。

数字化される世界

聖書には、「はじめに言葉があった(ヨハネの福音書)」という語句があって、これは世界が存在する前に言葉があったということであるが、その伝でいけば、おそらく、「最後は、すべてが数字になる」。これまでは言葉で表されていたものが、数字で表されるようになるのだ(数字とともにグラフやダイヤグラム、地図や図表などでも表される)。
人々は個人の経験では社会に対応できなくなったとき、数字を判断の基準にしようとする。社会の変化が激しく、複雑になりすぎたとき、あるいはこれまでのやり方ではうまくいかなくなったときに。それは単に世界を数字で測るというだけではなく、数字が個人のいちばん核になる部分まで支配するというところにまで及ぶ。近年広まりつつあるいわゆる「自己定量化」である。
そうなると、たとえば、自分が健康かどうかは、個人的な経験による感覚で判断するものでなく、健康機器の出した数値によって判断するものになる。
具体的な例を挙げよう。一日中、パソコンの前に座っているホワイトカラーのサラリーマンは、まず「自分が健康ではない」ということを健康機器の数値によって知る。そして、それを改善するためにジョギングを行うのだが、そのとき、このサラリーマンはジョギングの効果や、それが健康に与えた影響を数字で把握しようとする。すなわち、ウェアラブル端末を身につけて、スマートフォンの「アプリ」を使うことで、ストライドや心拍数、走行距離や消費エネルギーを計測する。また、そうしないと走ったという実感も持てないし、健康のために役立っているとも思えない。つまり、こうした形で、個人は数字化されてしまうのである。
個人ではなく社会においては、この数字の支配がさらに強くなる。社会の状態や政治のあり方について考えようと思ったら、専門の機関が調べた数字を基にせざるを得ない。経済成長率、失業者の数や失業率、インフレーション、赤字、負債、株価、犯罪率、建設、輸出入の量、移民の数や増加率など、数字がなければ現状がどうなっているか、把握することも改善することもできないのだ。そして、この数字がこの本で皆さんにお話しする「統計」なのである。
一つ例を挙げよう。一九九三年に発効されたマーストリヒト条約は、欧州連合(EU)の各国に対して、今後は統計の数字に基づいて次の三つのことを達成するように要求した。すなわち、インフレ率は最も低い三ヶ国の値からプラス1.5%の範囲を超えてはならない、財政赤字は国内総生産の大きさの3%以下でなければならない、公的負債の大きさは国内総生産の60%以下の大きさでなければならない……。これは国家間の取り決めをするときに、法を制定する重要な要素として、統計の数字が使われた最初のケースであるが、これからもその重要性はますます高まっていくに違いない。


統計に頼りすぎることの問題点


このように社会における「統計」の重要性が増すいっぽうで、当然のことだが、統計を重視しすぎることに対する批判も多い。その批判の中心になるのは、「統計は現実のすべてを反映しているわけではない」というものだ。
たとえば国内総生産(GDP)については、そこで表された数字のなかに、家内労働がもたらしているはずの相当な額の数字は含まれていないし、経済活動による環境被害もそこには反映されていない。また、国内総生産が増えたとしても、それによって国民の実際の幸福度が増したと単純に結びつけるわけにはいかない。それなのに、私たちは統計の数字を真に受け、国内総生産が上がったと言っては単純に喜んでいたりする。どうすれば、この勘違いを正すことができるだろうか?
もちろん、答えは決まっている。〈国民の幸福〉や〈環境と経済〉という新しい指標を取り込んだうえで、現実をより正確に数字で表現できる「新しい統計」を作り出すしかないのだ。言いかえると、現在の統計では見えなかったことを見えるようにするために、新しい指標を設定するしかない。というのは、「現実は統計の数字で表される」という事実だけはもはや否定することができないからだ。


社会の構造転換と統計の発展


近代ヨーロッパの統計に対する貪欲さはどこから来たのだろうか? それを探るためには歴史的なアプローチだけではなく、社会学的なアプローチも必要だ。なぜなら、今日の統計の支配はもはや「社会的事実」、つまり、統計は社会とその制度全体にかかわり、直接的または間接的に、社会生活のあらゆる面に影響を与えているからだ。
今日、なぜ統計が台頭するようになったのか、その背景を考察することは、現代社会をグローバルな視点で分析することでもある。そこで、これから考察を始めるにあたって、頭に入れておきたいことは、いわゆる〈社会〉の構造と機能は、その中に存在する〈私たちの共同体〉の構造と機能を反映しているということである。エミール・デュルケーム(一八五八~一九一七)とマルセル・モース(一八七二~一九五〇)が述べているように、「共通の祖先をもつ血縁集団が〈種〉となり、次に、血縁集団が共同体を形成して〈属〉となる。そして、これらが〈社会〉を形成し、社会における物事の位置づけが自然における物事の位置づけを決定する」のである。
これはフランス語を例に考えるとわかりやすいだろう。フランス語はすべての名詞に男性形と女性形の区別があるが(自然における位置づけ)、名づけられた物そのものに男女の区別があるわけではない。私たちの社会で男女の違いによって果たす役割が違うことが反映されているのだ(社会における位置づけ)。
もちろん現実には、社会の仕組みと共同体の仕組みはこのようにわかりやすい関係ではない。もっと曖昧だし、より複雑だ。
しかし、両者は常にどこかで重なっていて、二つの集団のあり方が変化する過程で統計が必要になったと考えられる。ドイツの社会学者ゲオルグ・ジンメル(一八五八~一九一八)は、「貨幣経済が日常生活に数字の支配をもたらした」と言ったが、貨幣は大昔から存在していたのだから、貨幣だけでは不十分だ。お金が今日のような支配的な位置を占めるようになったのは、社会の構造に根本的な変化が生じたからである。実は、統計もそうした社会の変化に深く関わっている。だから、統計の誕生と進化を探れば、現代社会の仕組みまで明らかにすることができるだろう。
本書の目的は、統計の発達の歴史をたどることで、ヨーロッパで統計が飛躍的に発展した理由を考察することである。そこで、まず、統計的な考え方が生まれ、記録をつけることとその収集(そこでは数字はまだそれほど重要な位置を占めていなかったが)を促した一六世紀以降の思想から始めたい。
次に、一九世紀において統計が「大きく飛躍した」背景について論じる。イギリスの産業革命とフランス革命によってヨーロッパでは大きな社会転換が起きた。この劇的な変化によって〈社会問題〉が出現し、人々は当惑と不安を抱えるようになる。その結果、社会調査の需要が増え、統計調査が頻繁に行われるようになるのである。この時代、統計は社会科学という学問が確立するうえで決定的な役割を果たした。
さらに、統計が文学に与えた影響についても触れる。意外に思えるかもしれないが、文学は統計から少なからぬ影響を受けている。しかし、最終的に両者は決別するのだが。一九世紀に起きた統計の飛躍は、二〇世紀を経て、二一世紀の初めの今日に至るまで続いていることがおわかりいただけるだろう。
本書では、政治から科学、経済から文学にいたるまで、多くの分野が扱われている。実は、こうしたやり方は本来の近代科学の手法ではない。近代科学では、遮眼革を装着して、一つのレーンをまっしぐらに走る馬のように、まず個々の専門について研究することが推奨される。しかし、それではある分野について知識は得られるが、それ以外の分野については暗いままである。統計が私たちの日常を支配するようになった理由を考察するには、むしろ学際的なアプローチが優れていると思われる。そういうわけで、本書では、異なった分野のさまざまな専門家の著書を取り上げ、統計の発展の原因ときっかけを探ることにする。

[書き手]オリヴィエ・レイ(数学者、哲学者、エッセイスト)
統計の歴史 / オリヴィエ・レイ
統計の歴史
  • 著者:オリヴィエ・レイ
  • 翻訳:池畑 奈央子
  • 監修:原 俊彦
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(304ページ)
  • 発売日:2020-03-24
  • ISBN-10:4562057416
  • ISBN-13:978-4562057412
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あらゆることを数字で表し、把握、比較、分析する統計。この便利なツールはいつ誕生し、どのように世界中に広まっていったのか。

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