共同型(シェア型)書店〈PASSAGE by ALL REVIEWS〉の誕生と成長(明治大学名誉教授、共同書店PASSAGE by ALL REVIEWS プロデューサー 鹿島茂)

  • 2024/04/24

共同書店PASSAGE by ALL REVIEWSの誕生と成長(明治大学名誉教授、共同書店PASSAGE by ALL REVIEWS プロデューサー 鹿島茂)

「書肆アクセス」とのかかわり

2004年から2009年まで、私は神田神保町すずらん通りに事務所を設けていた。湘南堂書店が1階に入るビルの三階である。その関係で、二軒隣にある地方・小出版流通センターのアンテナショップ「書肆アクセス」にはよく通った。

明治・大正・昭和の人物誌を書く時その人物の来歴について調べるには出身地の新聞社や出版社が出している書籍に当たるのがいちばんである。調査のために出身地を訪れることができる場合には、その人物の記念館の書籍部、あるいは駅前の一番大きな新刊本屋に足を運んで地域関連本をまとめ買いしたりしていた。だが、その地方に行けない時は困った。当時はインターネットの書籍流通がまだ黎明期で、本の題名はわかっても取り寄せることが簡単にはできなかったからだ。この点、地方・小出版流通センターの小売部門である「書肆アクセス」はなんともありがたい存在であった。

しかし、その頃には、まさか自分がすずらん通りで書店を開くなどとは夢にも思っていなかった。

「PASSAGE」の名前の由来となったウナギの寝床のようなPASSAGE1号店

きっかけは書評閲覧サイトから

それがひょんなことから、共同書店PASSAGE(正式にはPASSAGE by ALL REVIEWS)という新形態の書店をすずらん通りに、しかも「書肆アクセス」があった隣のビルの一階を借りて、開店することになったのだから、人生わからないものである。

きっかけは、2017年から次男と一緒に始めたALL REVIEWSという無料書評閲覧サイトにあった。書評というのは、新聞や雑誌に発表されたときに読まれるだけで、あとは忘却の淵に沈んでしまう。書評集として纏めてもらえるのはごく限られたケースだ。 書評には非常に多くの情報がつめこまれている。求めている本を探すのにこれだけ役にたつものはない。にもかわらず、読み捨てられたら、それで終わりである。

ならば、インターネットサイトを使ってありとあらゆる書評を過去にまで溯って収集するアーカイブ・サイトを構築し、これを無料で公開して、世のため人のために役立てることはできないものかと考えたのだ。書評されている本をサイトから直接購入できるようなシステムにしておけば、アフィリエイトを利用して利益が出るし、書評家にもいくばくかは還元できるはずだ。

実店舗との連携の必要性を痛感

こうして、賛同する書評家から書評を預かって2017年3月にALL REVIEWSは無事スタートしたのだが、そのうちに実店舗との連携が必要だと痛感するようになった。書評されている本を書店で実際に手に取って見たいという人が多いし、私もそうだからである。

そんなとき、ALL REVIEWSを運営している次男がすずらん通りの一階に店舗スペースの賃貸物件があると伝えてきた。コロナ禍下の2021年の秋口のことだった。とりあえず現場を見てみようと出掛けたところ、ウナギの寝所のように細長いスペースである。一般には、あまり好ましい店の構造ではない。だが、そのスケルトンのスペースに足を踏み入れた瞬間、私の頭にひらめくものがあった。

パリのパサージュ(PASSAGE)と呼ばれるアーケード商店街を連想したのである。パサージュは19世紀の初めにつくられたが、デパートが出現すると過去の遺物となった。その後、解体されることなく「200年の衰退」に耐えて生き残って現在に至っている。出店しているのは古本屋、骨董屋、古レコード屋、古切手屋、古ステッキ屋、古ポスター屋といった特殊な業種のみであるが、私はその時間の止まったような雰囲気がなんともいえずに好きで、パリに長期滞在していたときには日参していた。極度に専門的なので広範な客層は臨めないが、千里を遠しとせずにやってくるような特定のファンには絶対に不可欠な店舗だけが集まっているのだ。

棚貸しというアイデア

私はウナギの寝所式のスケルトン物件に立って考えた。両側の壁を書棚で埋め尽くし、それぞれの棚に賃料を設けて、出店希望者に棚貸しすればパサージュの書店版になるのではないか?そう共同書店PASSAGEだ!

だが、どんな出店希望者がいるのだろうか?

まず私自身である。私はたくさん本を出してきたが、どの本も新刊書店に置かれているのは数カ月だけで、あとは棚置きすらしてもらえない。いまはアマゾンほかのネット書店で注文できるが、やはりリアル書店で手に取ってから購入してもらいたいものである。だが、現実にはそれは不可能だ。しかし、共同書店PASSAGEなら、自分の棚を確保さえしたら、いくらでも自分の本を置いて販売できる。しかも、自宅には著者献呈用の本がかなりストックされている。昔は諸先輩方に献呈していたが、歳をとるにつれ、献呈相手もいなくなったので、著者献呈用の本が書棚を塞いでいるのだ。さすがに古本屋には売り払うことができない。きっと私と同じような悩みを抱えている著者はたくさんいるにちがいない。出店希望者はたくさんいるだろう?

じっさい、ALL REVIEWSの書評家に呼びかけたら、あっというまにたくさんの希望者が集まった。これなら共同書店PASSAGEを開店できる!

開店してみると、近年流行のZINE、すなわち自費出版の雑誌や本の著者たちにも大好評をもって迎えられた。コミケのパーマネント版として、自作・自売の原則を掲げるPASSAGEはZINEにジャスト・フィットしたのである。

中小と地方出版社からも出店希望

次に、中小と地方の出版社からも出店希望が多いだろうと予想した。大手出版社なら、取次とのパイプが太く、思った通りの冊数を全国の書店に流通させることができる。しかし、それ以外の出版社は新刊書店で平置きはおろか棚置きしてもらうことができずに苦労している。営業担当者がいる出版社なら何とか営業力で突破可能かもしれないが、家族経営の小出版ではそれも不可能だ。だが、共同書店PASSAGEなら、借りているスペースの許す限り
自社本を並べることが出来る。

この予想は当たった。蓋を明けてみると、十数社から出店希望があり、どこも好調の売れ行きのようだ。自分の借りた棚なら、新刊のほかに、税金ばかり取られて利益の出ない在庫本も定価で並べられる。しかも、取次と書店に差っ引かれる手数料30~40パーセンテージの代わりに、共同書店PASSAGEは手数料が10~15パーセンテージだから、これを払えばあとはまるまる儲けになる、こんなにおいしい話はないという声が出版社から多数寄せられた。

PASSAGE開店からもう2年たつが、退店した出版社は一、二を数えるのみである。地方の出版社は郵送してもらえればこちらで棚置きするという条件も受けたようである。

また、無店舗型の古本屋の出店希望者も多いだろうと思ったが、これは残念ながら広報がうまく行かなかったのか、予想ほどには集まらなかった。

予想をはるかに超えて希望者があつまったのは、「自己表現としての書店」を経営してみたいという一般の本好きの人々であった。棚賃を払っても、自分の「推し」の本が売れることに強い喜びを感じる無類の本好きがこれほど多くいたとは驚きであった。何ごとも蓋を開けてみなければわからないものである。

棚主たちの濃厚なコミュニティー

さらなる驚きは、こうした本好きの棚主たちが相互に連絡を取り合って濃密なコミュニティーを形成したことだった。本好きの棚主たちは、人生において初めて「同類」に出会った喜びから互いに情報交換したりSNSで連絡を取り合ったりして同好会的コミュニティーをつくり、より多くの「推し本」を売るにはどうしたらいいか日々工夫しあっているのである。

私はこれを見ていて、「よし、それなら、こうした棚主たちのためのリアルな交流スペースをつくろう」と考えた。タイミングよく、同じビルの三階に空きができたので、そこをPASSAGE bisと称したカフェ空間にすることにした。一階で本を買ったり、棚に補充にきたりした人たちが少し休んで談話できるようなスペースにしたかったのである。

PASSAGE bisは最初、苦戦したがようやく定着し、棚主たちにはなくてはならない空間になっている。


と、このように書くと、そんなに簡単なら自分も共同型書店を始めてみようと思う人がいるかもしれない。だが、私は「ちよっと待て」といいたい。というのも、共同書店というのは出店希望者が多いだけでは成り立たない商業モデルだからである。

顧客をどう確保するか

もう一度、私が共同書店PASSAGEという新しい業態の書店を思いついた瞬間に立ち返ると、私には棚主希望者は思っているよりも容易に集まるかもしれないと予想した。私のような思いの物書きはたくさんいるからだ。棚主が集まって棚賃を払ってくれればこの商売は成り立つ。だが、棚主たちがそれぞれに陳列した本をわざわざ買いにくる人が果たしてどれだけいるかを考えてみなければならない。そう、この業態の問題のすべては、棚主確保よりも、陳列している本を買ってくれる顧客をどう確保するかなのである。棚主が集まっても、まったく売れないのでは、やがて棚主も撤退してしまうだろう。どうやって顧客を集めるのかが共同書店のすべてなのである。

かくて、私は共同書店という得体の知れぬ書店にどのようにすれば顧客が集まってくれるかを徹底的に考えることにした。

ワクワク感の創出

このときヒントになったのは、なんと自分の書いた『デパートを発明した夫婦』(現在は『デパートの発明』と改題されて講談社学術文庫に収録)という本だった。というのも、この本には次のようなことが書かれていたからだ。すなわち、世界で最初のデパート「ボン・マルシェ」をつくったブシコー夫妻の「発明」とは、必要に駆られてこれこれの商品を買いたいと思ってやってくる「使用価値」重視の人ではなく、その場にやってきて初めて買いたいものを見いだす「交換価値」(快楽としての買い物)重視の人々が存在していることに気づき、交換価値を原点にした商業形態を創造するということだったからである。換言すれば、PASSAGEを永続的に存在させるには、そこに行くとワクワクして楽しい気分で本を探せるような場所にする店づくりが不可欠だということである。

確信をもとに三号店を開店!

私は長細いスケルトンの店舗を見た瞬間に頭に浮かんだパリのパサージュのイメージをもとにして店舗設計すればいいのではと思いついた。パリのパサージュをそぞろ歩いているときに感じるあのノスタルジックでしかも新鮮な感覚。これを原イメージにすればいい。そこで、建築家にパリのパサージュの写真を見せて店舗設計をするよう依頼した。私がパリのパサージュに最初に足を踏み入れたときの「あの感じ」を再現できれば、かならずや顧客は集まると確信したのである。

結果はというと、開店から2年たっても営業を続けていること自体が目論見の正しかったことを証明している。幸い、現在も、条件のいい棚の応募倍率は50倍を超えている。

しかし、そうなると、出店希望者のためにも三号店を開きたくなってくる。不動産屋に聞いたところ、靖国通り沿いに一・二階のつながった店舗があるというので、また実見しにいった。

こんどは一階の天井の高さにひらめくものを感じた。この天井の高さを利用してアーチ天井(ヴォールト)にすれば、また別の印象を与える店舗になるのではないか?いっそ、アーチ天井は空のブルーにして、蒼穹のイメージを演出したらどうだろう?私の好きなマラルメの詩に「蒼穹」というのがあるが、そのイメージである。

マラルメの詩「蒼穹」をイメージした天井ー3号店のPASSAGE SOLIDA

PASSAGE SOLIDA 2階の専門店街

かくて、天井のイメージは決まった。天井がブルーならば、本棚は白で行こうということになった。

棚数は一階と二階で合計550つくれる。なら、少し冒険をしてみる心つもりで、二階はジャンル分けした棚が並ぶ専門店街とした。

連帯しかないという思いを込めて

というわけで、3 号店は3 月1 日にグランドオープンした。ちなみに、PASSAGE SOLIDAという店名のSOLIDAはフランス語のSOLIDARITE(連帯)の略語。全国の本好き、書店、出版社とも連帯して紙の本を扱う書店の火を灯し続けるためには連帯しかないという思いを込めての命名である。

すでに述べたように、共同書店は中小出版社や地方出版社ととても相性がいい。棚主になってしまえば、スペースの許す限り自社本を並べられるのだから、パイロットショップになる。しかも、一般の新刊書店よりもはるかに利益率が高い。

付言しておけば、出店契約、棚賃払い込み、書籍搬入予約、書籍登録、売上報告、売れた本の支払いなどの事務仕事はすべて専用WEB上で完結する。スマホひとつあればすべての工程が短時間で完結である。唯一、人の手を介さなくてはいけないのが書籍の搬入だが、これは本好きのスタッフが心をこめて書棚に並べている。

地方・小出版流通センター自体も出店を検討していると聞いた。このさい、センターが取次いでいる地方・小出版社にもぜひ出店していただきたいと思う。条件のいい棚が空いている今は早い者勝ちである。PASSAGE SOLIDAに見学にいらしていただけたら、その場で契約は可能である。

共同書店というのは、良い棚を確保することが勝負の分かれ目なのだ。アクセスは御早めに、である。

PASSAGE by ALLREVIEWS 棚の申込は下記URLから。
https://passage.allreviews.jp/topics/156

最後にひと言。いずれ、PASSAGEの裏側で機能しているシステムを希望者にレンタルする予定である(PASSAGE公式サイトの「問い合わせ」から、私の次男である由井緑郎さんにご連絡を)。そうなれば、全国にPASSAGEネットワークが作られるだろう。こう御期待である。



(かしましげる/明治大学名誉教授、共同書店PASSAGE by ALL REVIEWS プロデューサー)

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