書評

『ツヴァイク日記 1912~1940』(東洋出版)

  • 2020/05/06
ツヴァイク日記 1912~1940 / S・ツヴァイク
ツヴァイク日記 1912~1940
  • 著者:S・ツヴァイク
  • 翻訳:藤原 和夫
  • 出版社:東洋出版
  • 装丁:単行本(666ページ)
  • 発売日:2012-12-17
  • ISBN-10:4809676757
  • ISBN-13:978-4809676758
内容紹介:
作家S.ツヴァイクの四半世紀余にわたる赤裸々な日々の記録。

亡命作家“その人”を赤裸々にのぞかせた記録

作家シュテファン・ツヴァイク(一八八一―一九四二)の日記は一九一二年から四〇年までにわたっている。三十一歳から死の二年前まで、二段組六〇〇ページあまりに日付入りでつづられている。

ウィーンのユダヤ系の富裕な家に生まれ、早熟の詩人として出発した。ドラマを試みたのち小説に転じ、一挙に才能を開花させた。『ジョゼフ・フーシェ』『マリー・アントワネット』『人類の星の時間』、さらに多くの優れた短篇。その著書は出るとすぐに各国語に訳され、ツヴァイクはドイツ文学のなかで、もっとも「成功した作家」のひとりだった。日本語訳の『ツヴァイク全集』(みすず書房)は全十九巻をかぞえ、何度も版をあらためた。

「特別の日というわけではないが、今日からまた日記を書き始める。これで何度目になるだろうか!」

「一九一二年九月十日 火曜日」の日付。「以前に書いたものを読み返した」ともあるから、書かれた日記の多くが失われたことがわかる。一九三三年のナチス政権成立後、ユダヤ人ツヴァイクはつねに生命の危険にさらされていた。一九三八年、祖国オーストリアがナチス・ドイツに併合されるのをみてロンドンへ逃れた。その後、フランス、アメリカ、ブラジルへと移り、一九四二年、再婚した若い妻とともにブラジルの保養地ペトロポリスで自殺した。公刊を意図しなかった書き物が散佚(さんいつ)したとしても不思議はない。

だが、そういった事情はどの亡命者にも共通していた。『ツヴァイク日記』の特徴は「今日からまた」「これで何度目」にある。

「突然ではあるが、しばらくの中断を経て、私はふたたび日記を書くことにした」(一九三一年十月)

さらに中断、再開、中断をはさみ、一九四〇年五月二十日に再開。第二次世界大戦が始まって二年目。ドイツ軍は、電撃戦で北欧、ベルギー、オランダを席巻。六月十四日、パリ入城。亡命作家ツヴァイクの判断と分析をぜひ読みたいところだが、ほぼひと月後の「フランスでぞっとするような出来事が進行」の翌日でとぎれる。失われたというよりも書かれなかったせいではなかろうか。後世が
知っている続篇は「私は、この性急すぎる男は、お先にまいります」の挨拶(あいさつ)をもつ遺書である。

ツヴァイクは日記の再開ごとに「記録文書を残すこと」の使命感を述べているが、その記録性は、時代よりもむしろツヴァイクその人にある。第一次大戦中の四年間分が全体の半分以上を占めているのは、自分が生き、また文学の源泉とした古き良きヨーロッパの消滅を意味していたからだ。それはまたひそかな性愛はたやさないエロスの人や、ロマン・ローランとともに反戦を訴える一方で、ドイツ軍の戦況に一喜一憂する愛国主義者の半身を伝えている。

一九三五年から三六年にかけては、ヒトラー独裁とユダヤ人弾圧の世相を身近に見ていたはずだが、ニューヨーク、パリ、ロンドンを旅する人の見聞にとどまっている。四〇年にはあらためて「時代の姿をとらえ、後日のために記録」を自分に言いきかせながら、「冴(さ)えないニュースばかり」で「すっかり気落ちした」自己報告で終わりをみた。

同じ亡命作家トーマス・マンが同じ時代に、ほぼ一日も欠かさず書きとめた厖大(ぼうだい)な日記とは、対極のようにことなっている。ツヴァイクの自殺に際して、マンは「甘やかされた弱い男」と一刀両断に切ってすてた。そんな強い人に満腔の敬意を払う一方で、弱い男が人間性を赤裸々にのぞかせる日記もまた捨てがたいのだ。
ツヴァイク日記 1912~1940 / S・ツヴァイク
ツヴァイク日記 1912~1940
  • 著者:S・ツヴァイク
  • 翻訳:藤原 和夫
  • 出版社:東洋出版
  • 装丁:単行本(666ページ)
  • 発売日:2012-12-17
  • ISBN-10:4809676757
  • ISBN-13:978-4809676758
内容紹介:
作家S.ツヴァイクの四半世紀余にわたる赤裸々な日々の記録。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2013年02月03日

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