まるで文体カタログ
日本語がこんなにも豊かで多様だったとは! 驚いたというよりも、感動した。『日本語のために』は「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」の第30巻。
「古事記」から現代までさまざまな日本文学を集めた全集のなかで、この巻は異色だ。まるで文体カタログである。たとえば「六月晦大祓」という祝詞。「みなづきのつごもりのおほはらへ」とルビがついている。奈良時代の日本語だ。菅原道真や良寛の漢詩もある。「仏教の文体」として「般若心経」と蓮如の「白骨」を、それぞれ原文と伊藤比呂美による現代語訳で紹介している。
周辺的に扱われがちな言葉も入っている。琉球語からは「おもろさうし」と「琉歌」が、アイヌ語からは「アイヌ神謡集」「あいぬ物語」「萱野茂のアイヌ語辞典」が紹介されている。そうそう、「キリスト教の文体」の章に出てくる「ケセン語訳 マタイによる福音書」は、東北の気仙地方の言葉であるケセン語で書かれている。
言葉のことになると、人は頑迷固陋なナショナリストになりがちだ。「乱れている」「誤用だ」と怒ったりして。でも、7章「音韻と表記」や10章「日本語の性格」を読むと、凝り固まった日本語観がほぐれてくる。
9章「政治の言葉」にある丸谷才一「文章論的憲法論」には教えられるところが多い。丸谷は大日本帝国憲法と日本国憲法を、日本語の文章という観点から比較して論じ、後者のほうがまだましなのだという。日本国憲法のほうが、ものごとを論理的に伝えようとしているからだ。
本書はすべての日本語を読む人書く人におすすめだ。一家に1冊、いやひとり1冊。