書評

『袋小路の男』(講談社)

  • 2020/04/29
袋小路の男 / 絲山 秋子
袋小路の男
  • 著者:絲山 秋子
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(184ページ)
  • 発売日:2007-11-15
  • ISBN-10:4062758849
  • ISBN-13:978-4062758840
内容紹介:
高校時代から指一本も触れないまま、「あなた」を想い続けた12年。表題作は<現代の純愛小説>と絶賛され、川端康成文学賞を受賞。
「発掘!あるある大辞典」という人気テレビ番組じゃないけれど(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2004年)、小説を読んでいて「いるいる」と呟いた経験は誰にでもあるのではないだろうか。ところで、その「いるいる」というのはテレビ番組の「あるある」とは違い、ビミョーに侮蔑を含んだ共感を伴っているわけで。つまり「こういうヤツって、いるよねえ」、そして苦笑い、そんな感じ。

〈指一本触れないまま、/「あなた」を想い続けた12年間。/《現代の純愛小説》と絶讃された表題作〉。三つの作品が収められた最新短篇集『袋小路の男』の帯に、そうある。表題作は優れた短篇小説に与えられる川端康成文学賞を受賞していて、〈現代の純愛小説〉と絶讃したのは、その選考委員の先生方なんだろうけど、そうなのかなあ、これってそんな風にきれいにまとめていい小説なのかなあ。

表題作の語り手は〈私〉。高校一年生の時に〈あなた〉を発見し、夢中になり、〈恋人未満家族以上〉の関係のまま、時々浮気はするものの、気持ちの中の一番重くて大事な何かを〈あなた〉に傾け続けて一二年、という設定になっている。一方、〈あなた〉がどれほどの男かといえば、これがもう典型的な“だめんず”(©倉田真由美)なのだ。ハンサムで、〈成績が良くて、彼女がいるのにソープランドばっかり行ってる〉高校二年生。ところが、その後大学を二浪し、卒業後は定職につかずアルバイトをしながら小説家を夢み、しかし、なかなか新人賞を獲ることはできず、ようやく佳作入選しても、文芸誌に作品が掲載されることはない。高校時代、一目置かれるモテモテ男だったプライドを食い潰しながら現在に至る、どこからどう見ても立派なダメ男なのだ。

〈私〉は売れない小説を書き続ける〈あなた〉を素敵だと思い、そして〈あなた〉にとってはそんな風に絶対的な憧れを寄せてくれるのは今となっては〈私〉だけだから、その心地よさを手放すつもりはなく、ずるい関係を保ち続ける。……いるいるっ、こんな女やこんな男。あるあるっ、こんな不毛な関係性。読んでいて何ヵ所も笑い、〈私〉の都合のいい女ぶりと〈あなた〉のエゴイストぶりに意地悪な感想を抱きつつ、しかし、どうしたことか小説世界に引きずり込まれ、物語のあまりの短さに憤然としてしまう。この小説にもっとつきあっていたいと思っている自分に気づき、苦笑してしまうのだ。

どこにも行けず、じたばたしているうちに袋小路に突き当たって途方に暮れている人間の、焦りや諦念やずるさや可愛げやトホホ感や幸不幸が、たった五〇ページにも満たない物語の中で、どちらかといえば寡黙な文章によって十全に描かれている。しかも、いるいる人間のあるある人生を描きながら、少しもありきたりな物語になっていないことに驚かされる。デビュー以来、絲山秋子はどんどん小説が巧くなっている。その速度にちょっと懸念を覚えるほどに。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

袋小路の男 / 絲山 秋子
袋小路の男
  • 著者:絲山 秋子
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(184ページ)
  • 発売日:2007-11-15
  • ISBN-10:4062758849
  • ISBN-13:978-4062758840
内容紹介:
高校時代から指一本も触れないまま、「あなた」を想い続けた12年。表題作は<現代の純愛小説>と絶賛され、川端康成文学賞を受賞。

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初出メディア

週刊現代

週刊現代 2004年12月11日号

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