書評
『三陸の海』(講談社)
夫が愛した土地に思い重ね
吉村昭の『三陸海岸大津波』は、一昨年の東日本大震災以後、大きな評判を呼び、増刷された。そのとき、吉村はすでに鬼籍に入っていた。妻の津村節子は、大震災のとき、長崎にいた。文章はそこから始まる。夫の吉村昭が愛した2つの土地。長崎と岩手の田野畑。著者は、田野畑のある三陸海岸に思いを馳(は)せる。小説を書くことだけを考え、勤めをやめた吉村。やがて田野畑を気に入って、村長の勧めるままに、半島や牛を買った。津村の筆致には、やわらかいユーモアさえ漂っている。
本書後半は、津村が子どもや孫と、田野畑を訪れる記述が中心だ。ここでも文章には強い主張があるわけではない。夫とのやりとりを回想しつつ、そこに、目の前の風景の美しさと、数十年に一度、牙を剥(む)く残酷さを重ね合わせる。
断崖の階段を下りていくシーンがある。足に自信のある著者はどんどん歩く。吉村との会話が蘇(よみがえ)る。
「せっかく一緒に歩くんだから、もう少しゆっくり歩けないのか。おまえの先祖は飛脚か」
ユーモアが光る。
夫が愛した土地を歩く妻。それを超えた何かがこの本にはある。
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