本文抜粋
書き手:木村 草太
『法にとって家族とは何か』(青土社)
今年7月に刊行された憲法学者・木村草太さん著『法にとって家族とは何か』が、このたび重版することになりました。これを記念して、本書「まえがき」を特別に公開いたします。
日本の家族法も例外ではない。「家族とはこうあるべき」という強い信念を持つ人によって、日本の家族法は二つの方向から歪められてきた。
一方には、「正しい家族のあり方」について強い信念を持つ人たちがいる。「結婚して子どもを持って初めて一人前」、「祖先を崇拝するのが正しい日本の家族」、「結婚したら夫の氏になるのが当たり前」、「離婚をしたら子どもが可哀そう(離婚は常に子どもの不利益になる)」、「婚姻は子どもを産むカップルのための制度だ」といった言説を、誰もが一度ぐらいは見聞きしたことがあるだろう。
こうした信念を持つ人は、自分の中にしかない「正しい家族」を他者に強制するために、法を使おうとする。あるいは、大して意味のない法律の条文を、「正しい家族」の表現として称揚し、その変更に強硬に反対する。例えば、戦後民法・戸籍法では、夫婦の氏に法的効力は一切存在せず、「夫婦+子」という戸籍の単位も単なる便宜にすぎない。しかし、「これを変えれば日本の家族は崩壊する」とばかりに、大げさな議論をする人たちがいる。
もう一方には、「欧米に比べ、日本は遅れている」という強固な信念を持つ人がいる。こうした人々は、同性婚や別姓婚ができない現行法を、「遅れている」、「欧米に近づける」という理由で改正しようと主張する。もちろん、同性婚も別姓婚も実現すべきだ。しかし、それは「欧米に合わせるため」ではない。同性カップルや別姓希望カップルの人権のためだ。
欧米の家族法は、宗教の強い影響の下で発達したから、離婚を極端に制限してきた歴史がある。男女平等の家族法ができたのは、日本の方が早いのを知っているだろうか。「欧米が進んでいて、日本が遅れている」という単純な見方は、日本の立法に関わった人々の努力を軽視しすぎだろう。
また、「日本は遅れている」との信念は、実際の立法を歪めることもある。家族法については、欧米でも、差別や奇妙な信念に基づく立法がなされることもある。単純に、日本が遅れていると思い込んでいると、おかしな法律を輸入してしまう。
法は、家族に関する信念からは距離を置き、家族の現実を見通して作るべきだ。家族について、軽やかに、合理的に議論するにはどうしたらよいのか。これが本書の課題だ。
本書では、欧米の家族に関する憲法と民法の歴史を概観した後、日本の憲法・民法の歴史をたどる。欧米の人々も、日本の人々も、家族について試行錯誤を繰り返してきた。先人の努力に敬意を払うことが、歪んだ信念を離れて議論する土台になるだろう。
[書き手]
木村草太(きむら・そうた)
1980年生まれ。東京都立大学教授(憲法学)。専門は平等権、差別されない権利。著書に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)、『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)、『憲法の創造力』(NHK出版新書)、『憲法という希望』(講談社現代新書)、『自衛隊と憲法』(晶文社)、『憲法学者の思考法』(青土社)、『「差別」のしくみ』(朝日選書)、『憲法』(東京大学出版会)、『憲法の学校』(KADOKAWA)など多数。
法にとって家族とは何か
法には、強制力がある。殺人や契約違反などを抑止し、秩序を維持するには不可欠な作用だ。ただ、これには弊害もある。正当な理由もなく、「人に○○を押し付けたい」という信念のある人が、法を使おうとするのだ。日本の家族法も例外ではない。「家族とはこうあるべき」という強い信念を持つ人によって、日本の家族法は二つの方向から歪められてきた。
一方には、「正しい家族のあり方」について強い信念を持つ人たちがいる。「結婚して子どもを持って初めて一人前」、「祖先を崇拝するのが正しい日本の家族」、「結婚したら夫の氏になるのが当たり前」、「離婚をしたら子どもが可哀そう(離婚は常に子どもの不利益になる)」、「婚姻は子どもを産むカップルのための制度だ」といった言説を、誰もが一度ぐらいは見聞きしたことがあるだろう。
こうした信念を持つ人は、自分の中にしかない「正しい家族」を他者に強制するために、法を使おうとする。あるいは、大して意味のない法律の条文を、「正しい家族」の表現として称揚し、その変更に強硬に反対する。例えば、戦後民法・戸籍法では、夫婦の氏に法的効力は一切存在せず、「夫婦+子」という戸籍の単位も単なる便宜にすぎない。しかし、「これを変えれば日本の家族は崩壊する」とばかりに、大げさな議論をする人たちがいる。
もう一方には、「欧米に比べ、日本は遅れている」という強固な信念を持つ人がいる。こうした人々は、同性婚や別姓婚ができない現行法を、「遅れている」、「欧米に近づける」という理由で改正しようと主張する。もちろん、同性婚も別姓婚も実現すべきだ。しかし、それは「欧米に合わせるため」ではない。同性カップルや別姓希望カップルの人権のためだ。
欧米の家族法は、宗教の強い影響の下で発達したから、離婚を極端に制限してきた歴史がある。男女平等の家族法ができたのは、日本の方が早いのを知っているだろうか。「欧米が進んでいて、日本が遅れている」という単純な見方は、日本の立法に関わった人々の努力を軽視しすぎだろう。
また、「日本は遅れている」との信念は、実際の立法を歪めることもある。家族法については、欧米でも、差別や奇妙な信念に基づく立法がなされることもある。単純に、日本が遅れていると思い込んでいると、おかしな法律を輸入してしまう。
法は、家族に関する信念からは距離を置き、家族の現実を見通して作るべきだ。家族について、軽やかに、合理的に議論するにはどうしたらよいのか。これが本書の課題だ。
本書では、欧米の家族に関する憲法と民法の歴史を概観した後、日本の憲法・民法の歴史をたどる。欧米の人々も、日本の人々も、家族について試行錯誤を繰り返してきた。先人の努力に敬意を払うことが、歪んだ信念を離れて議論する土台になるだろう。
[書き手]
木村草太(きむら・そうた)
1980年生まれ。東京都立大学教授(憲法学)。専門は平等権、差別されない権利。著書に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)、『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)、『憲法の創造力』(NHK出版新書)、『憲法という希望』(講談社現代新書)、『自衛隊と憲法』(晶文社)、『憲法学者の思考法』(青土社)、『「差別」のしくみ』(朝日選書)、『憲法』(東京大学出版会)、『憲法の学校』(KADOKAWA)など多数。
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