『こうしてお前は彼女にフラれる』(新潮社)

女性描写が冴える、兄と弟の物語

この物質的にスリムで内容的にきわめて豊満な短編集は、より大きな物語の一部として構想されているらしいのだが（そして、その全体が私はたのしみでならないが）、そういうことは抜きにして、一冊だけで、文句なくおもしろい。一編をのぞくとすべて、ユニオールという男性（アメリカ合衆国在住の、ドミニカからの合法的な移民）が主人公だ。五編が彼の一人称、三編が彼を「お前」とした二人称で語られる。

厚い本ではないし、一編ずつも短いのに、ものすごく読みごたえがあるのは、知的な文章のせいだ。短いセンテンスで、リズミカルに、徹底的に無駄を排してストレートに書かれているにも拘わらず、文字量より遙かに多くの情報を孕み、遙かに多くを理解させ、遙かに多くを語る文章。ほんとうに、驚くほど知的。登場人物のほとんどが移民であることが、物語の幅と奥行きと本質に関わっていて、一人ずつが体現している距離と時間が長大なために、一編ずつが内包するそれも、頁数がどうあれ膨大になる。実際、物語の中心となるドミニカ出身者たち以外に、たとえばペルー人がプエルトリコ人がイラン人がグジャラート出身の男が、「ポーランド野郎」が「イカれたキューバ人」が「生粋のケンブリッジ生まれのカボヴェルデ人」が、いっそ笑ってしまうようなありふれ方で顔をだし、さらに、おなじドミニカ人でも「モカ出身」と「バイモア出身」では当然違うわけであり、そんなの大したことじゃない、だってあたりまえなんだから、という風に著者は人種をちりばめる。

そうやって語られるのは、主に主人公ユニオールの女性遍歴。男女のあいだに発生する種々の事象――魅惑、欲望、疑惑、嘘、愛情、愛着、甘え、かけひき、未練、喧嘩、嫉妬、浮気、拒絶、などなど――が、ユーモラスに、けれどおそろしく冷静に描出される。ユニオールは好色なので、たくさんの女がでてくるのだが、言動から浮き彫りにされる彼女たちの個性は鮮やかそのもの。一方、主人公による女性描写の冴え方はときに残酷なほどだ。「話しかけたら絶対につまんない話の渦に巻き込んでくるという、例のおとなしくてちょっと頭の弱い女の子の一人」（『ニルダ』）とか、「その長くしなやかな首は馬みたいで、大きなドミニカ風の尻はジーンズを越えた四次元にあるようだ」（『アルマ』）とか。痩せていて「めちゃくちゃに筋張って」いる白人中年女性のミス・ロラなどは、主人公ではなく彼の母親たちに、「あの人、まるでミミズでいっぱいのビニール袋みたい」とまで言われる（『ミス・ロラ』）。ここでもまた、これらの描写が読者にわからせるのは、個々の女性の特徴および外見だけではない。

そして、女たちは、ユニオールに、いつも最後のところで届かない。まるで、二人でどんな関係をつくっても、それでは互いに不十分であるかのようだ。

恋愛小説としても濃密かつ大胆、深遠かつパワフルなのだが、この短編集の魅力の、それはほんの一部だ。移民の少年（たち）が初めて目にした雪、そのときの家族のありよう、兄弟の性格と関係と成長とその後――。これは、きわめて注意深く書かれた、兄弟の物語なのだ。『ニルダ』を経て『プラの信条（プリンシプル）』（ラストには虚をつかれる）に至り、そのあとに『インビエルノ』が待っているという構成の妙と、そのときに主人公より立体的に見えてくる兄、という仕掛けの緻密さは、ぜひ読んでたしかめてほしい。