書評
『悪なき殺人』(新潮社)
他人の孤独を目撃し、深い余韻
フランスの山がちな地方都市(空気はすばらしく澄んでいそうだが、かなり淋しく荒々しそうな土地)で、一人の女性が行方不明になるところからこの小説は始まる。猛吹雪に巻きこまれたのだろうというのが大方の見方だったが、そこは娯楽のすくない地域社会のこと、たちまち勝手な噂や臆測が飛び交う。そして、実際、女性は吹雪に巻きこまれたわけではなく、死体となって、ある場所である人物に発見されるのだ。五人の語り手が登場し、もつれた糸がすこしずつ(ほんとうにすこしずつ)ほどかれていく。が、五人は互いに語り合うわけではないので、事件の解明にはなかなか至らない。それぞれに誤解や思い込みがあるし、人に言えない事情もある。閉鎖的な土地柄からか、ここに住む人々は概して内向的だ。決してあかるい話ではないのだが、瞠目すべき拮抗によって、小説は不思議と陰惨にならず、それどころか雪景色にも似たほのかな光さえ漂わせている。それはここに、人々の日々の生活が手でさわれそうに濃やかに描かれているからだろう。労働、家庭の維持、経済的困難、将来への希望や愛への渇望――。それらが本人の意志とはいっそ無関係に生命力を持ち、頁(ページ)のなかでたくましく脈打っている。
無駄がないのにふくよかでリリカルな文章がすばらしい。農協の福祉委員の女とか羊農家の男とか、市場で自作の服を売る若い女とか、五人の語り手たちが(誰にも言わないが)頭のなかに持っている言葉。それらを小説内に解き放つ作者の筆の見事さに感嘆する。
これは人間の孤独に関する洞察に満ちた小説だ。夫がいながら他の男を愛してしまう女の、あるいは相手が男でも女でも、誰かと共にいないと自分を保てない女の、あるいは「人間とはうまく話せない」けれども、「羊相手なら大丈夫」な男の、一つずつが独特で彼ら彼女らの一部となっている孤独。
外に向っては発せられない声でできているからこそ、どの登場人物の語りも鮮度が高く真摯で、彼もしくは彼女の性質や体温や息遣いが充満している。
たとえばジョゼフという名の男の生活を、読者はつぶさに見ることになる。両親から受け継いだ農場をたった一人で切り盛りし、自分の羊たちを大切にしながらも時には憎み、種々の書類仕事や壊れた柵の修理や堆肥の処理で「休んでる暇なんてない」生活を。「女と話をするのは苦手だけど、姿を見たり、声を聞いたりするのは好きだ」という彼の孤独が、生身の女性とたまさか関係を持ったことでさらに深まってしまう様子もありありと見る。そういうことが、あと四人分起こる。他人の孤独を目撃する読書。
これは愛の物語でもあり、愛が人を動かすというと一見美しく聞こえるが、愛に主導権を握られたら人間は無力だ。
情報網が発達し、世界は狭くなったといわれる。たぶんその通りなのだろう。でも、世界が狭くなれば人と人との距離も縮まり、孤独が薄らぐのだろうか――。物語はアフリカに住む青年アルマンの語りによって大きく変転する。
キレのいい構成のミステリだが、それ以上に深い余韻を残す上質な小説だった。
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