国際色豊かな経験が裏打ち
ひさしぶりに魅力溢(あふ)れる男性探偵主人公に出会った。かつて、探偵小説といえばハードボイルドな男性探偵が主人公だった。そこにいきのいい女性探偵や、機知に富んだ老女探偵などが登場し、すくなくとも邦訳されたものにおいては女性探偵優位の時代がしばらく続いていたように思う(例外はドン・ウィンズロウの創出した若き探偵ニール・ケアリーと、マイクル・コナリーの描き続けるハリー・ボッシュ――刑事を退職したあとの――くらいだろうか)。刑事や警察官、あるいは犯罪者ならば魅力的な男性主人公が数えきれないくらいいるのに、探偵となると新しい小説のなかにあまりいないのはどうしてだろう、と、ずっと不思議に思っていた。そこに登場したのが本書の主人公、ゲーブリエル・プレストだ。元コペンハーゲン市警刑事の私立探偵で、副業としてブルース・ミュージシャンもしている。とても女性にもてる(ここまではハードボイルドの定型通りだ)が、元妻とのあいだにロマンスの名残は感じられず、プレストがなぜこういう女性と結婚(事実上の結婚だが、子供もいる)していたのかは謎で、このへんは生活のリアルを感じさせ、ハードボイルド的ではない。およそありとあらゆることに自分の流儀があり(たとえば環境を慮(おもんぱか)って自動車ではなく自転車に乗っているし、煙草(たばこ)は一日二本までと決めていて、音楽にもお酒にも料理にも一家言あり、自分と関係のある女性を悪く言われることには我慢がならず、ブレザーの下にTシャツを着ることは冒瀆(ぼうとく)だと考えている)、インテリアに妥協ができず、もう十年も自宅の改装をし続けている(「鋳鉄製の平船形で鉤爪(かぎづめ)足がついた十八世紀フランスの年代物(アンティーク)の浴槽」とか、ポルトガルから取り寄せたベッドフレームとか、「アルネ・ヤコブセンのヴィンテージソファ」とか、相当なこだわりようだ)。とてもほんとうとは思えないくらいお洒落(しゃれ)でもあって、事細かに描写される服装を想像するだけでも愉(たの)しい。
と、ここまで書いて気づいたが、探偵小説を読むもっとも大きな喜びは、彼(もしくは彼女)の流儀、つまり世界や人生への対処のし方を見られることだ。優れた探偵小説において流儀は物語の味わいと不可分であり、本書でも両者は完全に一体化している。
プレストが元恋人である女性弁護士の依頼をひきうけたことからすべては始まる。政治家を殺害した犯人として、すでに服役している移民男性の無実を彼女は信じており、事件を再調査してほしいという依頼だった。服役中の男性には、イラクに強制送還された息子が武装組織に処刑されたという過去があり、息子の移民申請を認めてくれなかったデンマーク(の政治家)を恨む理由があった。
とても現代的な問題を扱った小説であると同時に、過去の持つ意味の問われる小説でもある。デンマークという国の歴史と現状や、民族の誇りと罪悪感が背景にはある。
具体的に描写されるコペンハーゲンの街なみと、たくさんでてくるレストランやバーがガイドブックみたいで愉しい。インド生まれでアメリカ在住、デンマーク人男性と結婚している(デンマークに住んでいたこともある)という著者の、国際色豊かな経験に裏打ちされた、チャーミングな一冊だった。