コロナが 「賃貸族」を再考させた
はじめまして、みなさん。モトザワです。57歳、独身、子なし、住宅大好きな「住み道楽」のフリーライターです。いきなりですが、質問です。コロナは、あなたの生活を変えましたか?コロナが、あなたの価値観を揺さぶりませんでしたか?
モトザワは、思いっきり変えられました。32年以上も「賃貸族」だったのですが、コロナがきっかけで、改めて、購入も含めて老後の住まいについて考え始めました。
社会人になって35年、モトザワはこの間に12度引っ越しました。平均居住年数は3年弱。子ども時代の3度の引っ越しを入れると、生涯で16カ所に住んできました。自分で契約した部屋は、購入は1カ所だけで(後に売却)、残り11カ所はみな賃貸です。いまも民間賃貸マンションに住んでいます。
賃貸のメリットは、いつでも引っ越せる手軽さ、税金や維持管理費は大家持ちで、店子には負担がない点です。ことに会社員ならば、社宅があったり、家賃補助がもらえたりするでしょう。私と同世代で総合職なら、賃貸に住みながら、お給料やボーナスは貯蓄や運用にがっつり回し、老後資金に備えているシングル女性もいるでしょう。
一方で、同じく賃貸に住みながら、まだ老後のことなんて考えられない!老後のことは定年になってから、と、仕事に忙殺されて将来設計まで考えが及ばないサラリーウーマンも多いに違いありません。私も後者の一人でした。
年金暮らしの女性、ほとんどが「生活苦」?
ここに、こんなデータがあります。40歳以上のシングル女性のうち、実に6割が、住居費を支払った後の家計に「余裕がない」と答えた、というものです。年収が下がるほど、当然ながら、余裕がない人の割合は増えます。年収300万円未満では77.9 %、200万円未満だと86.1% の人が、「あまり/まったく余裕がない」と答えました。任意団体「わくわくシニアシングルズ」が2022年末にまとめた調査で、シングル女性2345人が回答しました。
「家賃の負担が非常に大きい」「収入が大幅に減ったときに家賃が払えるか」といった 住居費の負担への不満と不安、また「年金生活者でも暮らせる単身者向け公的住宅の 拡充を」といった要望を、回答者たちはこの調査に寄せました。
ですが、年収が200万円未満の人の9割近くが、家賃を払うと生活に余裕がない、という実態は、恐ろしい現実を教えてくれます。それは、年金暮らしの女性はほぼ全員が生活苦だ、ということです。女性の厚生年金の受給額が同じくらいだからです (働いてきた女性がもらえる年金の平均額は、2022年4月時点で約191万円*1です)。
総務省の家計調査によると、単身世帯の支出は全国平均で年に約186万円 (最新値の2021年)で、うち家賃と維持費を合わせた住居費は約26万5000円と14.3%の負担率です。これは全国平均なので、持ち家が半数ほどおり、単身といっても配偶者に先立たれた高齢者も含まれています。食費(27%)や光熱水道費(7%)、交通・通信費(12%)、医療費(5%)など他の支出は、地域差や年齢差 はあまりないでしょうが、問題は家です。借家の人の家賃負担は、同調査では支出の3割程度になりました。
一方、総務省の住宅・土地統計調査によると、家賃は全国平均で月5万5675円)最新値の2018年*2)でした。年間で約67万円の計算ですが、東京の賃貸事情 とはかけ離れていますよね。月6万円弱だと、郊外か駅遠のワンルームか公営住宅しか借りられないでしょう。最低でも月10万円、年120万円は必要だ、というのが都内住まいの人の感覚ではないでしょうか。ですが、前述の通り、年金が年200万円弱だとしたら、年120万円だと、実に収入の6割以上を家賃に持って行かれる計算です。年金暮らしの家計は、住居費にほぼ圧迫されてしまいます。
しかも、住居費は、削りたくても削れません。食費ならば、外食をやめるとか、業務スーパーを活用するとか、わずかですが節約できます。美容院や服などのおしゃれ代も、コンサートや映画、本などの教養娯楽費も、我慢すれば減らせます。よく家計の見直しで、保険代や通信費を再考しますが、ほんとうは最初に検討すべきは家かもしれません。
住居費を減らす唯一の手段は住み替えです。だって、借家の大家は家賃を下げてくれないし、持ち家マンションの修繕積立金や管理費は増えることはあっても減ることはないからです。ですが、引っ越すにもお金が要ります。賃貸なら敷礼金や仲介料・保証料などで家賃の約5カ月分がかかります。買い換えや新規購入となると、もっとまとまったお金が必要です。でも、日々の生活に汲々としている人はそもそも、「先立つもの=蓄え」を用意すること自体が難しいです。結果、余裕がないから住み替えできず、住居費が減らないから余裕ができない、という負のスパイラルとなります。
賃貸暮らしの単身女性の末路?
冒頭に書いた通り、モトザワはもともと「賃貸派」でした。お得だからです。同じ月額を払うなら、購入より賃貸のほうが、良い立地の広い部屋に住めます。会社を辞めてフリーになった7年前、家賃補助がなくなって全額自己負担となりましたが、それでも、ずっと賃貸でいいや、と思っていました。家賃分くらいは稼げるだろうし、もし払えなくなったら安い部屋へ引っ越せばいい、と安易に考えていたのです (賃貸派になった紆余曲折と黒歴史については、おいおい触れます)。高齢女性が家を借りられない、という問題は知っていましたが、50歳の自分にとってはまだ先 のことと楽観して、「老後の家」までは考えませんでした。
そこにコロナが起きました。事態は急転します。
恐ろしいことに、フリーランスとしての仕事は激減。さらに、主な収入源だった大家業にも影響が出ました。コロナのせいで店子が倒産したり退去したりで、瞬間的に、モトザワの収入は前年同期の2割にまで激減してしまいました。ぎゃ~!!2割ですよ、2割!収入が2割しかないってことは、自宅の家賃を払うためには、「虎の子」の貯蓄や金融資産を取り崩すしかなかった、ってことです。
外食も娯楽もゼロにし、他の出費はぎりぎりまで削りましたが、家賃は同額のままでした。店子からは家賃減額請求をされて収入は減ったのに、自宅の家賃は大家に減額してもらえなかったからです。「逆ざや」でお金が目に見えて減っていきます。この状態がいつまで続くか、先が見えず、賃貸に住み続けることが不安になってきました。蓄えが尽きたら終わりです。
いずれ家賃の安い家へ引っ越すかもと思っていたタイミングが、年金開始時ではなく、今かもしれない、と思い始めました。高齢を理由に貸してもらえなくなる前に、今のうちに住み替えを考えるべきかも、と。「老後の住まい」問題が、突如、目の前に現れました。
そんな頃でした。追い打ちをかけるように、「あの事件」が起きたのは。
2020年11月、東京・幡ヶ谷やのバス停で無職女性が殺された事件です。彼女は当時64歳、いまの私と大して変わらない年ごろです。報道によると、地方から上京し、独身のままずっと働いて、直近は派遣などで販売員をしていたそうです。でも不安定な仕事のせいもあり、借りていたアパートを追い出されました。さらにコロナで販売員の仕事を失い、路上で暮らすようになりました。それでも生活保護は申請せず、自力で何とかしようとしていたらしいです。なのに、ある深夜、人気のないバス停にただ座っていた彼女は、見知らぬ男によって撲殺されてしまいました。
彼女の事件は、高齢女性が住まいを失うことの恐ろしさを象徴しています。借家住まいの無職・独身の女の末路を突きつけられたようで、とても他人事とは思えず、ショックでした。とにかく家だけは確保しなくては。老後に路頭に迷うことだけは避けたいです。
ことに私は「フリー」の身。会社が守ってくれる会社員とは違います。それに夫も子もいません。自分ひとりで何とかしなくてはいけないのです。アラ還、フリーランス、独身、子なし、女性、という私の属性は、不動産を借りたり買ったりするには不利だと、はたと気づきました。そして、真剣に、老後の家問題に向き合うことにしたのです。
考えてみれば、老後の家問題は、多くの同世代の女性たちに共通の課題ではないでしょか。私は総合職2期生です。1987年入社の男女雇用機会均等法1期生の女性たちは、この 数年 で60歳の定年退職を迎えます(定年延長で65歳に延びている会社は、さらに数年の猶予がありますが )。史上初めて、多くの女性たちが定年退職 する「大量女性定年退職時代」が訪れます。
この世代の女性の3割が単身者です。独身とバツイチを足すと、全国で50代後半の27.7%、同前半でも29.9%がシングルです(2020年国勢調査から)。しかも彼女たちの8割が借家住まいです。持ち家率の全国平均は63%ですが、50代の単身世帯に限るとわずか18%*3 しかありません。
全国の借家住まいの50代単身女性たちの多くはおそらく、目先の暮らしに追われ、老後のことなんて具体的に考える余裕もないでしょう。以前の私と同様、老後のことは定年後にゆっくり考えればいいや、と先延ばししているに違いありません。再就職や転身(ライフシフト)のことは考えても、家について検討する独身女性はそう多くはないでしょう。
でも、実は、定年退職の前こそが、「老後の住まい」問題を真剣に考えるべき時期。購入の場合はおそらく人生最後のチャンスなのです。
会社員の定年退職前は 「住宅購入適齢期」
一つには、「人生100年時代」だからです。女性の健康寿命(健康上の問題がなく暮らせる期間)は75.38歳ですから、会社を定年退職した後の元気な時期が平均10~15年あります。高齢者施設や病院が「人生最後の住まい」だとしたら、その前の健康寿命の間を過ごす「最後から2番目の家」はどこでしょう。今の家か、住み替えるか、いっそ地方や海外移住をするか、選択肢は広いです。このリタイア期をどこで誰と何をして暮らすかは、とても大事な問題だと思いませんか?配偶者がいれば、リタイア後の生活について夫婦で話し合うことになるでしょうが、単身者は一人で決めなくてはいけません。とりあえず現状維持でと、思考停止してしまうのはもったいないです。定年前にこそ、「どこで」「どんなふうに」リタイア後を暮らしたいかを、夢想して、計画してほしいのです。
定年前に老後の住まいを考えるべきもう一つの理由は、経済的・現実的なものです。
出産に適齢期があるように、自宅の購入にも適齢期があります。ことにシングル女性は、定年直前が「購入適齢期」と言えるでしょう。会社員は、家やマンションを買いやすい・借りやすい「高属性」だからです。この年代ならば、貯めたり運用したりして増やしてきた金融資産もあるはず。子持ちの人のように教育費を残しておく必要がない分、老後資金を別にしても、住宅の頭金に使えるお金は多いでしょう。
しかも「会社員」という属性は最強なのです。住宅ローンを組むには最も有利で、会社の信用力のおかげで、銀行からは最高の優遇金利の適用を受けられて、最低水準の金利で長期ローンが借りられます (金利の多寡で購入可能な上限額が変わってきます)。融資の審査でも、厚生年金は将来の支払い見通しとして、手堅く、無敵です。
退職金があるのも魅力的です。退職前に購入しておいて、退職金をローンの一部繰り上げ返済に充ててもいいですし、物件によっては、現金一括購入できてしまうでしょう。
なによりも、会社員でなくなった途端、銀行も不動産会社も、とても冷たくなります。物件を借りるのも買うのも、ハードルがかなり上がります。後ろ盾のない個人には、信用力がないからです。 ―ということを、コロナ後に改めて家を検討する中で、私は痛感しました。ああ、自宅を購入するなら会社員のうちに買っておくべきだった、と。
そんなモトザワの、自宅不動産をめぐる闘いの記録が、この本です。「(まだ50代だけど)アラ還・独身・子 なし・(限りなく無職に近い)フリーランス」という、かなり属性の低い私が、老後に住む家を確保すべく、奮闘します。
賃貸なら、そもそも保証人のいないアラ還モトザワが家を貸してもらえるのでしょうか。購入なら、フリーランスの身で、親子ローンも使えない子なしのモトザワが住宅ローンを組ませてもらえるでしょうか。結局、老後まで住み続けられる家を見つけられるのか、住居費が家計を圧迫しないような家への住み替えはできるのか。あっちで断られ、こっちで門前払いを喰らってと、傷つき(苦笑)、体を張って試行錯誤しながら、「単身女性の老後の家」を考えていきます。
同世代の独身女性たちが老後の家を考える際の参考になれば、このうえない喜びです。
*1 女性の平均年金受給額は190万8384円。算定根拠は、厚生年金受給額の平均額が令和3年度末時点で10万4686円、国民年金が同5万4346円(いずれも2022年12月発表、厚生労働省「令和3年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」から)。
*2 総務省統計局「平成30年住宅・土地統計調査 住宅および世帯に関する基本集計」から。
*3 「平成30年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計」のうち、「世帯の種類(3区分)、家計を主に支える者の男女、年齢(14区分)、住宅の所有の関係(6区分)別世帯人員(7区分)別普通世帯数 ―全国、都道府県、21大都市」を基に、家計を主に支える男女別、年齢別統計から筆者が集計。