前書き

『ルーヴル美術館 ブランディングの百年』(講談社)

  • 2024/12/03
ルーヴル美術館 ブランディングの百年 / 藤原 貞朗
ルーヴル美術館 ブランディングの百年
  • 著者:藤原 貞朗
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2024-11-14
  • ISBN-10:4065375029
  • ISBN-13:978-4065375020
内容紹介:
◆人生に一度は《モナリザ》をルーヴルで見たい?!◆なぜ、数ある美術館のなかで、ルーブルだけが特別なのか。世界中の人が憧れ《モナリザ》や《サモトラケ島のニケ》《ミロのヴィーナス》をひ… もっと読む
◆人生に一度は《モナリザ》をルーヴルで見たい?!◆

なぜ、数ある美術館のなかで、ルーブルだけが特別なのか。
世界中の人が憧れ《モナリザ》や《サモトラケ島のニケ》《ミロのヴィーナス》をひと目見たいと願っている。

だが、かつては時代遅れのみっともない美術館として「ルーヴルは国の恥」「若者よ、ルーヴルに行くな」と言われたこともあった。
1793年、フランス大革命によって成立した第一共和制政府が王室コレクションを「略奪」して公開する場所として誕生したこの美術館は、その後、さまざまなコレクションを吸収して肥大化した挙げ句、近代化に乗り遅れた「カオスの迷宮」となり果てていたのである。
それが、いかにして世界中から憧れられる場所となったのか?

繰り返される国内紛争と政権交代に翻弄された苦難の時代を経て、現代アート、モードや漫画をも「古典」と成して飲み込み
文化国家フランスを荘厳する「偉大なるルーヴル」が生み出されるまでの百年を、戦略と欲望、政治と資本が渦巻く歴史として描き出す。

なぜ《ニケ像》だけが大階段の前に据えられているのか?
印象派が十年間だけ所蔵された顛末とは?
豊富な図版と多彩なエピソード満載、驚くべき発見と鋭い洞察に満ちた興奮の美術史!

【本書の内容】
序章 ルーヴル美術館の現在
第一章 ルーヴル美術館の歴史―─誕生から巨大化への長い道のり
第二章 コレクションと展示室の発展―─第三共和政前期(一八七〇―一九一四)
第三章 一九二〇年代、「迷宮」からの再出発
第四章 ルーヴル美術館の「ナショナリゼーション」―─近代化に隠された意味
第五章 ルーヴルの「顔」―─ブランド・イメージの創出と《サモトラケ島のニケ》の秘密
第六章 ルーヴル・マジック、もしくは古典の誘惑
第七章 幕間劇 空白の二十年(一九三九―五九年)と一九三〇年代の「忘却」
第八章 「世界一の美術館」の誕生―─《モナリザ》とともに
第九章 「ルーヴルへの回帰」―─グラン・ルーヴル計画
第十章 グローバル・ブランド「ルーヴル帝国」への「進化」
第十一章 「ルーヴル美術館展」の歴史―─学芸員による展覧会活動

なぜ、ルーヴルでなければならないのか

昨年(2023年1月)、専門家を読者に想定したフランス美術史の研究書『共和国の美術 フランス美術史編纂と保守/学芸員の時代』(名古屋大学出版会)を上梓した。すると、講談社選書メチエの編集者から手紙が届いた。「より多くの非専門家である読者をひきつける」一般向けのフランス美術の本を次に執筆しませんか、と。そして、手紙の最後にひとこと、「思い切って申し上げますが、提案するテーマはズバリ、『ルーヴル美術館』です」、と添えられていた。

私はルーヴル美術館の専門家でないし、博物館学に通じた研究者でもない。フランス近代美術を専門とする研究者である。それでも、大手出版社には、フランス美術をテーマとするならば、「ズバリ、『ルーヴル美術館』」でなければならない理由がある。

理由を知りたければ、「アマゾン」でも「日本の古本屋」でも、あるいは国会図書館の蔵書検索でもいい、「ルーヴル」をキーワード検索すれば、すぐに分かるだろう。多数の出版物がヒットする。おそらく「フランス美術」で検索するよりたくさんの著作物が見つかる。ルーヴル美術館は、美術史分野でもっとも人気のあるテーマなのである。ルーヴル美術館と銘打てば、まぁ、そこそこ売れるのである。というより、出版不況のこのご時世、ルーヴルの名を借りなければ美術の本はまず売れない。大手出版社が美術本を出すなら、タイトルに「ルーヴル」が入らねばならないのだ。

こう考えたとき、書くべきテーマがくっきりと浮かび上がってきた。なぜ、ルーヴル美術館だけが、一般読者、つまり平均的な日本人にとって関心を引く「売れる」ブランドとなりえているのか。

ルーヴルについての本はすでにごまんと出版され、玉石混交である。ルーヴル美術館の歴史、名画の紹介、初代学芸員の伝記、ルーヴルを舞台とした小説も漫画もいくつもある。しかし、ルーヴルがなぜこれほどの有名ブランドとなったのかを本格的に論じた本はないだろう。ルーヴル美術館の歴史は、一面において、ルーヴルという国際的巨大ブランドのブランディングの歴史にほかならない。こう捉え直すことで、新たなルーヴル本を加えることができるだろう。

2020年代、ルーヴル美術館の現在

とはいえ、「売れる」本を書くためだけに、ルーヴル美術館をテーマにしようというわけではない。

じつは、最近、ルーヴルのことが気になっていた。2022年、コロナが明けて三年ぶりにパリに出張したところ、ルーヴル美術館が大変なことになっていたからだ。同年の入館者数は約800万人。コロナ前の1000万人越えには及ばないにしても、体感的にはそれ以上の混雑ぶりだった。中国からの団体観光客はまだ解禁されていなかったが、代わって、アラブ諸国やインドからと思しき観光客が目立っていた。山手線の混雑駅ホームのごとく押し寄せる観光客の賑わいで、もはや作品鑑賞をするような環境になかった。

2023年に入って、ルーヴルは1日の入館者数を3万人に制限したが、それでも1時間に3千人前後が入場する計算だ。みんなが《モナリザ》のある「国家の間」を目指すとすれば、そこにはつねに1000人弱の観光客がいることになる。押し合いへし合いの喧噪のなかで鑑賞されるしかない《モナリザ》は、ある情報サイトが2024年に行ったアンケート調査では「世界でもっとも残念な傑作」に選ばれたらしい(アート・ニュース・ジャパンより。https://artnewsjapan.com/article/2252 2024年6月閲覧)。有名な彼女の「微笑」は、もはや「苦笑」にしかみえない状況だ。今から百年前、老朽化し、無秩序に作品が積み上げられただけのルーヴルに対して、フランスの雑誌『新フランス評論』は「ルーヴルは国の恥」、「若者よ、ルーヴルに行くな」と呼びかけたが、2020年代の大学教師の私は学生に対し、「ルーヴルに行くな」、ルーヴルでは作品鑑賞ができない、と言わねばならない。

私が初めてルーヴルを訪れたのは大学四年生だった一九九〇年のこと。中庭に巨大なガラスのピラミッドが完成した美術館には観光客が殺到し、《モナリザ》の前にはもちろん人だかりが出来ていたが、今日ほどではない。また、有名な作品以外には観光客の足は向いておらず、誰もいない展示室もいくらかあった。しかし、今では「グランド・ギャラリー(大回廊)」は列をなして歩かねばならないし、子どもたちの奇声が響き渡っている。マニアックな作品が陳列されている部屋にさえ、観光客が押し寄せている。

どうしてこんなことになってしまったのだろうか?

考えてみれば不思議ではないだろうか。世界にはルーヴル美術館級の巨大美術館はいくつかある。しかし、日本人のみならず、世界中の人々が憧れ、一度は行ってみたいと思うのは、ルーヴルなのだ。《モナリザ》や《サモトラケ島のニケ》や《ミロのヴィーナス》を一目見たいと願っているのである。こんな美術館は世界広しといえども、やはりルーヴルしかない。

【書き手】
■藤原 貞朗(ふじはら・さだお)
1967年、大阪府に生まれる。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程退学。リヨン第二大学第三課程を経て、現在、茨城大学教授。博士(文学)。専門は美学・美術史。
主な著書に、『オリエンタリストの憂鬱 植民地主義時代のフランス東洋学者とアンコール遺跡の考古学』(めこん)、『共和国の美術フランス美術史編纂と保守/学芸員の時代』(名古屋大学出版会)、
共著書に『山下清と昭和の美術「裸の大将」の神話を超えて』(名古屋大学出版会)、訳書に『潜在的イメージ』(ガンボーニ著、三元社)、『塹壕の戦争 1914-1918』(タルディ著、共和国)など。

【イベント情報】「月刊ALL REVIEWS」藤原貞朗 × 鹿島茂『ルーヴル美術館 ブランディングの百年』を読む
【日時】2024/12/21 (土) 19:00 - 20:30
【会場】PASSAGE SOLIDA(神保町)
【参加費】現地参加:1,650円(税込) オンライン視聴:1,650円(税込)(アーカイブ視聴可)
※ALL REVIEWS 友の会 特典対談番組
※ALL REVIEWS 友の会(第5期:月額1,800円) 会員はオンライン配信、アーカイブ視聴ともに無料


ルーヴル美術館 ブランディングの百年 / 藤原 貞朗
ルーヴル美術館 ブランディングの百年
  • 著者:藤原 貞朗
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2024-11-14
  • ISBN-10:4065375029
  • ISBN-13:978-4065375020
内容紹介:
◆人生に一度は《モナリザ》をルーヴルで見たい?!◆なぜ、数ある美術館のなかで、ルーブルだけが特別なのか。世界中の人が憧れ《モナリザ》や《サモトラケ島のニケ》《ミロのヴィーナス》をひ… もっと読む
◆人生に一度は《モナリザ》をルーヴルで見たい?!◆

なぜ、数ある美術館のなかで、ルーブルだけが特別なのか。
世界中の人が憧れ《モナリザ》や《サモトラケ島のニケ》《ミロのヴィーナス》をひと目見たいと願っている。

だが、かつては時代遅れのみっともない美術館として「ルーヴルは国の恥」「若者よ、ルーヴルに行くな」と言われたこともあった。
1793年、フランス大革命によって成立した第一共和制政府が王室コレクションを「略奪」して公開する場所として誕生したこの美術館は、その後、さまざまなコレクションを吸収して肥大化した挙げ句、近代化に乗り遅れた「カオスの迷宮」となり果てていたのである。
それが、いかにして世界中から憧れられる場所となったのか?

繰り返される国内紛争と政権交代に翻弄された苦難の時代を経て、現代アート、モードや漫画をも「古典」と成して飲み込み
文化国家フランスを荘厳する「偉大なるルーヴル」が生み出されるまでの百年を、戦略と欲望、政治と資本が渦巻く歴史として描き出す。

なぜ《ニケ像》だけが大階段の前に据えられているのか?
印象派が十年間だけ所蔵された顛末とは?
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【本書の内容】
序章 ルーヴル美術館の現在
第一章 ルーヴル美術館の歴史―─誕生から巨大化への長い道のり
第二章 コレクションと展示室の発展―─第三共和政前期(一八七〇―一九一四)
第三章 一九二〇年代、「迷宮」からの再出発
第四章 ルーヴル美術館の「ナショナリゼーション」―─近代化に隠された意味
第五章 ルーヴルの「顔」―─ブランド・イメージの創出と《サモトラケ島のニケ》の秘密
第六章 ルーヴル・マジック、もしくは古典の誘惑
第七章 幕間劇 空白の二十年(一九三九―五九年)と一九三〇年代の「忘却」
第八章 「世界一の美術館」の誕生―─《モナリザ》とともに
第九章 「ルーヴルへの回帰」―─グラン・ルーヴル計画
第十章 グローバル・ブランド「ルーヴル帝国」への「進化」
第十一章 「ルーヴル美術館展」の歴史―─学芸員による展覧会活動

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