前書き

『スミソニアン宝石コレクション 世界の宝石文化史図鑑』(原書房)

  • 2021/07/14
スミソニアン宝石コレクション 世界の宝石文化史図鑑 / ジェフリー・エドワード・ポスト
スミソニアン宝石コレクション 世界の宝石文化史図鑑
  • 著者:ジェフリー・エドワード・ポスト
  • 翻訳:甲斐 理恵子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(248ページ)
  • 発売日:2021-06-18
  • ISBN-10:4562058447
  • ISBN-13:978-4562058440
内容紹介:
世界最高峰の宝石コレクションから、歴史的価値も高い宝石の数々を美しいヴィジュアルとともに由緒や伝説もおさえた贅沢な一冊。
ホープ・ダイヤモンド、ナポレオンのネックレス、マリー・アントワネットのダイヤモンド・イヤリング、マクシミリアンのエメラルド……その美しさで人を魅了し続ける宝石は、時代ごとに様々な人の手に渡ることにより、価値を高め、物語を作り出してきた。スミソニアン博物館に所蔵される宝石コレクション、ひとつひとつにも、壮大な物語が隠されている。歴史的にも貴重な選りすぐりの美の結晶にまつわる物語を満載した本書『世界の宝石文化史図』から、序文を特別公開する。
 

美しい宝石には物語がある

鉱物の結晶は、カットされ研磨されて宝石に生まれ変わる。そのとき変化するのは外観だけではない。それを手にする人々の意識も変わる。宝石になった石は価値を帯び、そして歴史を語るようになるのだ。どこで発見され、誰が所有していたのか。謎めいた過去はあっただろうか? 不思議な力を、もしや呪いの力を持っているのではないか?

宝石は不変の象徴でもある。生物とは違い、宝石の美しさは時を経ても衰えることがない。だからかつて女王や映画スターを華やかに彩っていた宝石が、いまはカジュアルなディナー・リングに使われているかもしれないのだ。砕かれでもしない限り、これから何千年もきらびやかに輝き続けることだろう。よくある広告のキャッチフレーズのとおり、「宝石は永遠」なのである。

宝石ひとつひとつにはそれぞれの歴史がある。多くの場合、宝石の価値は希少性やサイズ、美しさに左右されるが、その出自にまつわる物語の影響も大きい。歴史を傍観していただけの宝石もあれば、積極的に物語を紡いだ宝石もあるだろう。だから石を売りこむときにはロマンティックな物語が役に立つということを、腕のいい宝石職人であれば誰もが知っている。たとえそれが作り話であろうとも。

 

宝石の価値は誰が作る?


しかし、なぜ宝石は貴重なのだろう? 鉱物学者なら、それに答えて、地中に眠る鉱物のなかでもジェム・クオリティと呼ばれる最高品質の結晶は非常に希少なのだと強調し、その完璧な原子構造について長々と説明するかもしれない。宝石学者なら、クラリティ(透明度)、カラー(色)、カットの質についてわかりやすく解説するだろう。

そして言うまでもなく、宝石が特別な存在なのは、その輝きと美しさをいっそう引き立てる魅力的なセッティングのおかげでもある。格調高い芸術作品と同じように、宝石はわたしたちに喜びを与えてくれるというだけで充分評価に値するのだ。

しかし、じつは宝石そのものにはほとんど価値はない。宝石を食べることはできないし、病気の治療にも使えない。とくに優れた武器になるわけでもない。わたしたちは宝石がなくても問題なく生きていけるはずだ。

つまり宝石が貴重なのは、わたしたちや先人が石に価値を見出し、重要視してきたからにほかならない。だからこそ人類の歴史のなかで、石や宝石はアクセサリーや貨幣としてずっと利用されてきたのだ。

人々は昔からきらきら輝く色鮮やかな石に魅了されてきた。そういう石は歴史上傑出した富と権力の象徴であり、現在もなおある種の社会的地位を暗示する。

また、宝石は持ち運びできる財産としても重要だ。なかには容積当たりの価値がどんな物質よりも高いものもある。宝石は隠すことも移動することも簡単であり、その価値は広く万人に認識されているので世界のどこででも現金化できる。さらに、ジュエリーとして楽しむことができるうえに、身に着ける人の威信まで高めてくれる。そのような投資は、おそらく宝石だけだろう。

 

世界最大の宝石コレクションより


スミソニアン博物館群のひとつ、国立自然史博物館の収蔵品はじつに幅広い。なかでも宝石コレクションは、自然科学、人類の歴史や文化、ロマンス、創造性あふれる芸術家や職人の技術、計り知れない価値や息をのむほどの美に対する畏敬の念を、絶妙に重ね合わせて見せてくれる。スミソニアン博物館群で年齢性別を問わずもっとも人気が高いのが宝石と鉱物の展示室なのもうなずける。

そんな宝石の歴史に比べると、わたしたち人類はまだまだ新参者だ。どの宝石も、数千万年、あるいは数十億年ものあいだ地中で育まれためずらしい鉱物の結晶からカットされたものなのだから。そう考えると、数累代にわたって地中の高圧に耐えたのちに採掘され、ファセット・カットを施されて宝石と呼ばれるようになったこと自体が奇跡であり、それだけであらゆる宝石が充分特別な存在と言えるのだ。

スミソニアン国立自然史博物館は、世界最大の宝石コレクションのひとつだ。ホープ・ダイヤモンドやアジアの星(サファイア)、ビスマルク・サファイア、フッカー・エメラルド、ブルー・ハート・ダイヤモンド等々、博物館のシンボルともいえる石が並ぶそのコレクションは、美しい希少な石だけではなく、所有者をはじめ石と関係した人々―王族、映画スター、裕福な有名人、そして「ごく普通の」人々の物語のコレクションでもある。

たとえばニューヨークの広告マン、ロッサー・リーヴスがすばらしいスター・ルビーをスミソニアンに寄付したのは、3つのRが頭に並ぶロッサー・リーヴス・ルビー(Rosser Reeves Ruby)という名称の魅力に抗えなかったためだと、あなたはご存じだっただろうか?

ポリー・ローガンが巨大なサファイアを寄贈した理由のひとつは、浮気性の元夫を思い出してしまうからだということは?

ナポレオンのダイヤモンド・ネックレスはペテン師によって売却され、その結果オーストリア大公がニューヨークで罪に問われ裁判にかけられた。

また、みごとなビルマ(現ミャンマー)産サファイア・ネックレスの贈り主であるモナ・フォン・ビスマルク伯爵夫人は、ケンタッキー州の競走馬調教師の娘だった。

本書では、スミソニアン国立宝石コレクションのすばらしい宝石やジュエリーを紹介するが、大半を占めるのは宝石に秘められた物語だ。

宝石を所有し、寄贈したのはどのような人物だったのだろう? そしてなぜ寄贈を決めたのか? それをひもとけば、宝石と物語が分かちがたく結びついていることがわかる。

地球のもっとも稀有な宝物が、人々の人生とともに物語を織りなすのだ。宝石は、有名な権力者はもちろん、無名の庶民の魅力的な人生をも垣間見せてくれる。すばらしい宝石とかかわることになった人々のなかには、そのおかげで人生の物語が語り継がれる人もいるだろう。彼らは宝石のなかで永遠に生き続けるのだ。

現在わたしたちはそのような宝石と同じ時間を分かち合っている。しかしその過去を調べ記録することはできても、その未来は推測するしかない。宝石の物語はこれからも続いていく。それは始まったばかりなのだ。

[書き手]ジェフリー・エドワード・ポスト(スミソニアン博物館宝石コレクションのキュレーター)
スミソニアン宝石コレクション 世界の宝石文化史図鑑 / ジェフリー・エドワード・ポスト
スミソニアン宝石コレクション 世界の宝石文化史図鑑
  • 著者:ジェフリー・エドワード・ポスト
  • 翻訳:甲斐 理恵子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(248ページ)
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