欧米で噴出する動き 日本では?
7月の参院選では非自民で「保守」を訴える政党が躍進した。ながらく非差別やグローバリズムが目指すべき理念とされてきたが、「日本人ファースト」が選挙民を惹(ひ)きつけたのだ。本音が噴き出したとも言えるが、欧米ではどうなのか。第二次トランプ政権は「関税」ばかりが注目されるが、背景にはアメリカにおける右派進歩主義の台頭がある。トランプ大統領は就任式でジェンダーを生物学的な男女に限定すると宣言、政府によるDEI(多様性)プログラムを廃止した。本書はアメリカの急激な右旋回につき、多様な人物を通じて素描している。
1990年代、アメリカでは冷戦に打ち勝った古典的自由主義(リベラル・デモクラシー)が盤石であるかに思われた。建国以来、共和党と民主党に共有された理念だが、左右からの攻撃が始まった。
まず左派リベラリズムが先鋭化した。N・H・ジョーンズは「1619プロジェクト」で、ヴァージニアへ奴隷が連れてこられた年をアメリカの誕生年とみなそうと訴えた。アメリカの本質は1776年の独立に際し奴隷制を抱えながら自由と平等を宣言した欺瞞(ぎまん)にあり、1964年に公民権法が制定されても人種的不平等や経済格差は隠蔽(いんぺい)されただけだとした。こうしてポリティカル・コレクトネスや多様性の確保が進んだが、そうした趨勢(すうせい)は一部白人にアイデンティティの危機を意識させた。
著者は反共や1970年代の社会保守と区別される右派勢力を一括して「第三のニューライト」と呼び、明快に図解している。共通点として左派リベラリズムの欺瞞を告発する姿勢がある。
2006年にリベラルで知られるデューク大学ラクロス部で雇用された黒人女性ダンサーが部員たちにレイプされたと訴え、教員88名が部員を批判する意見広告を出したが、訴えは虚偽と判明した。教員たちへの批判が湧き起こり、その急先鋒(せんぽう)がR・スペンサーである。彼は「オルトライト」(オルタナ右翼)を旗印に白人の不満を糾合し、ネット空間で「若きカリスマ」へ祭り上げられていった。
「ポストリベラル右派」のP・J・デニーンは『リベラリズムはなぜ失敗したのか』(2018年)で、グローバル企業は左派リベラリズムに同調し利益を得ているとして、エリート主義の欺瞞を嗅ぎ取る。古典的自由主義を批判、共同体主義への回帰を唱える。
右派進歩主義は「テック右派」の実業家たち、P・ティールやE・マスクらとも連携している。技術開発に懐疑的な従来の保守とは異なり火星の開発にすら希望を託し、進歩主義に親和的である。
こうした潮流が一過性と思われないのは、移民の規制を訴えるJ・D・ヴァンスが次期大統領と目されるからでもある。ヨーロッパでもグローバル資本による労働移動が文化摩擦を起こしている。イスラム系移民にはフランス文化を知らないばかりか敵意を持つ者もいるとして、R・カミュは「大いなる文化の剥奪」が西洋社会の現実となったと主張する。カミュ説はアメリカのネット民から支持を受け、欧米で文化剥奪の恐怖が連動していることを印象づけた。
日本はどうなるのか。時宜を得た一冊である。