前書き

『逆説の日本シンデレラ史:ルーツをめぐる遥かな旅』(原書房)

  • 2025/12/16
逆説の日本シンデレラ史:ルーツをめぐる遥かな旅 / 浜本 隆志
逆説の日本シンデレラ史:ルーツをめぐる遥かな旅
  • 著者:浜本 隆志
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(242ページ)
  • 発売日:2025-10-28
  • ISBN-10:4562075732
  • ISBN-13:978-4562075737
内容紹介:
平安時代の日本にシンデレラ物語があった!?ガラスの靴、かぼちゃの馬車だけではない多様なシンデレラいまや誰もが知っている童話「シンデレラ」。日本においては明治期にヨーロッパから… もっと読む
平安時代の日本にシンデレラ物語があった!?

ガラスの靴、かぼちゃの馬車だけではない
多様なシンデレラ

いまや誰もが知っている童話「シンデレラ」。日本においては明治期にヨーロッパからもたらされたと思われているが、それだけではない。日本のシンデレラ受容史からさかのぼり、アジア地域、アフリカへと物語の起源に迫る。


◆目次◆

序 章 日本のシンデレラ受容の二重構造
第1章 どうしてシンデレラが注目されるのか
第2章 日本のシンデレラはどこから来たか
第3章 シンデレラの原話を求めて
第4章 ヨーロッパ伝播ルートのシンデレラ
第5章 呪的逃走というシンデレラの類話
第6章 中近東からアジア伝播ルートのシンデレラ
第7章 ホモ・サピエンスの大移動とシンデレラ
第8章 歴史が語る人類移動の痕跡
終 章 欧米文明至上主義のシンデレラ観の見直し
主要参考文献一覧
いまや誰もが知っている童話「シンデレラ」。日本においては明治期にヨーロッパからもたらされたと思われているが、それだけではない。日本のシンデレラ受容史からさかのぼり、アジア地域、アフリカへと物語の起源に迫った書籍『逆説の日本シンデレラ史』より、序章を公開します。

日本のシンデレラ受容の二重構造

日本のシンデレラ受容は、通説では明治時代以降、欧米のシンデレラ譚が翻訳あるいは翻案され、広まったと考えられてきた。明治維新の文明開化や欧米文化は、江戸時代の鎖国から目覚めた人びとに大きなインパクトを与えたからだ。その中でシンデレラ譚の靴のモティーフも、洋風化の一環として理解され、とくに鹿鳴館時代には違和感なく受け入れられた。こうしてヨーロッパのシンデレラは、明治時代の日本において急速に伝播していくが、とりわけ封建時代の士農工商という、絶対的な身分制度では不可能であった「玉の輿婚」は、文明開化の人びとに夢と希望を与えたことも事実である。
このような日本におけるシンデレラ受容史は定説となっているが、話はそれほど単純ではない。逆説的な言い方であるけれども、日本文化と外国文化の融合は明治時代以降だけに限定されるわけではなく、第3章で検証するが、シンデレラのケースでも、その文化融合は遠く縄文時代や古代の奈良時代からすでに始まっていた。たしかに平安時代には、外国の影響を自家薬籠中のモノに変えて国風化した時代もあったが、その後、安土桃山時代にはシンデレラはヨーロッパからも流入している。
いわゆる「南蛮文化」といわれた時代に、鉄砲や印刷術だけでなく、キリスト教などとともにシンデレラも日本に伝わっているが、ただしそれは、直接そのまま日本語に翻訳しても理解されにくかったので、日本風にアレンジしたという事実がある。さらにこれはその後のキリスト教の禁止によって、複雑なカムフラージュされた経緯をたどるのであるが、この事実は日本シンデレラの受容史において、十分検証しなければならないであろう。鎖国をしていた江戸時代ですら、シンデレラの類話は日本風に変えられている。
このような事実を踏まえるならば、まず明治維新以降の欧米文化流入のプロセスと、それ以前の古代からのシンデレラ受容史という二重構造を指摘しなければならない。この問題は総体として考察する必要がある。これまでの受容史はあまりにも明治時代以降に偏り過ぎており、その意味で両面を見る必要があると考える。これに関しては指摘されたことはあったが、十分に検証されてこなかった。本書は具体的にその資料を呈示し、日本におけるシンデレラ受容史の、明治以前と以後という二重構造の内実を検証するものである。
そうすれば当然、話を日本だけに限定することはできなくなってしまう。シンデレラのルーツは、これまでヨーロッパであると考えられてきたが、そもそもそれが真実なのかどうかという問題も浮上してくる。外国から日本へシンデレラが伝播してきたとするならば、ルーツはどこにあって、それがどのような経緯で古代日本にたどり着いたのかということも、考察のテーマとなってくる。拙著のサブタイトルの「ルーツをめぐる遥かな旅」は、以上のような想定を踏まえた設定である。本書では日本から世界へ目を向けた、グローバルなシンデレラ論を展開しようとすることを意図している。


シンデレラ譚の変化しないもの、変化するもの

前述の視点に立てば、伝播のプロセスにおいてシンデレラ譚には変化しないものと変化するものという、二極の相があらわれる。ではこれらは、どのように切り分けられるのだろうか。この問題については、本文第1章のシンデレラの構造分析の箇所で考察してみた。まずシンデレラを形成しているファクターを分析してみると、基本的な骨格(スケルトン)が顕われ、これはいわゆるシンデレラ譚の基本的スタイルといえる、ストーリーの起承転結が認められ、この骨格をシンデレラの基本構造と解釈できる。
それは不変の構造であって、分かりやすくかいつまんでいえば、ヒロインが何不自由のない生活状態から、まず母親の死によって苦境に陥る。多くの場合、継母からいじめに遭い、彼女は健けな気げ にそれを克服しようとする。そこへ援助者があらわれ、救済の手が差し伸べられる。さらにヒロインは身分の高いものから求婚され、最後はハッピーエンドとなる。これがシンデレラの変化しない不変の構造の具体例である。
ところが伝播のプロセスにおいて、この展開がそっくり何の変形もなく伝承されることはありえない。それぞれのシンデレラ譚は、その地域の文化に即して変化を繰り返しながら伝播するものである。たとえばシンデレラ譚の場合、もっとも重要な靴というモティーフがあり、そしてそれは独特の意味を内包しているが、シンデレラの運命を変える役割をも果たす。
いうまでもなく日本では、靴の文化が発達しなかったのは事実である。その理由は大陸と日本の気候風土の差によって、生じる生活様式の相違による。もちろん日本でも古代において、大陸から靴の文化も伝わったが、それは一部の貴族や神主が継承したものの、大多数の民衆は素足のままだったり、かつて下駄、草鞋などを履いたりしていた。こうして現実の風土に即して靴は変化していった。だから日本では、結婚を決める決定的な小道具は靴ではなく、下駄、足袋とか、さらに日本的な歌の素養というような例もある。
後者について日本では古代から歌うた垣がきの文化があり、男女の出会いは相聞歌によって始まるとされた。すなわち若い男女が歌会に集まり、これが相手を見付けるきっかけになった。ただし歌垣は日本発祥ではないらしく、東南アジアや中国の方が歴史は古い。その伝統は万葉集にも認められ、和歌、連歌にも受け継がれてきた。それはシンデレラの受容にも大きな影響を表わし、結果的に結婚を決定するモティーフの変更が生じたものと考えられる。この事例は以下の展開で示すことになろう。
このように変化するファクターは各地域の文化によって規定され、さまざまなケースが認められる。各地に伝播したシンデレラ譚も地域の文化を反映しているからである。そのうちもっとも重要なものは、結婚形態であると考えられる。それによって形成される家族の親子や姉妹の関係が、テーマであるいじめの問題と密接にかかわってくるからだ。


結婚形態と「継子いじめ譚」

日本とヨーロッパの文化は、女性の社会的地位、結婚観、家族構成の相違を生みだし、この問題はシンデレラの受容や解釈にも大きな影響を与えるようになる。日本の婚姻形態は古代において妻問婚が有名である。これは平安時代前期まで続いていた母系家族の名残であり、ルーツはさらにそれ以前にさかのぼる。その際、生まれた子どもは女性側が育てるのが一般的であった。もちろん日本でもかつては一夫一妻制ではなく、支配者階級には「側室」制度もあった。ただ母系制は平安時代以降、中世では次第に父系社会に変化した。鎌倉時代以降、男性の家へ女性が入る嫁入り婚に変わるが、日本で一夫一妻制へ変化したのは、明治時代以降である。
他方、ヨーロッパでは父系社会であったので、結婚の際、男性が主導権を握っていた。ただしゲルマン社会では、古代の男女の合意による「フリーデル婚」という自由婚があったが、やがて家父長の主導による「ムント婚」に変化した。後者は父権的傾向が強く、母親の死後、 再婚する場合、父親は実子を手元に置くので継子いじめが始まった。
たしかにキリスト教社会においては、原則として一夫一妻制であった。ただし神は男性であり、「創世記」のアダムとイヴで例示されているように、男性中心社会である。そのため王侯貴族社会では、後継者確保という名目でここでも「側室」が黙認されていた。このキリスト教にもとづくヨーロッパの一夫一妻制が明治以降、日本に導入されることになる。
平均寿命の短かった時代では、日本でもヨーロッパでも再婚は日常茶飯事であった。その際、後妻と先妻の子という家族の組み合わせによって、継子いじめは日本だけでなく外国でも頻繁に生じた。日本でも継子いじめ譚は「糠福米福」(「米福粟福」)、「お銀小銀」、「鉢かづき」などの類話に認められるが、ヒロインが姉で、通常、継母にいじめられた。
日本昔話ではシンデレラに類似し、ヒロインがいじめられるという前半部をクローズアップした、いわゆる「継子いじめ話」が突出して多い。そのもっとも有名なものは、「紅皿欠皿」、「皿皿山」、「お銀、小銀」などの継子いじめの系譜である。その際、結末はハッピーエンドが多いけれども、中には悲劇に終わるものもある。たとえば「継子と鳥」は後者の典型例であるが、これは日本全国に多数分布し、しかも大陸との伝播関係を知るうえで貴重な民間伝承であるので、以下の展開の中で取り上げる。ただし民話や説話の問題は、これらがいつどのような経緯で日本へ伝播したのか、明確な手掛かりが摑めないことである。
再婚の場合ヨーロッパでは、後妻が自分の実子を連れてくるケースが多く、年齢はシンデレラより上である。日本では再婚後子どもを産むケースもあり、継子の姉妹は「腹違い」で、半分血のつながった仲となる。それゆえに姉妹の二人は助け合う場合があり、日本的な展開を見ることもある(「お銀小銀」)。これはヨーロッパの継子同士では血のつながりがないという、対立関係にあるケースと異なる。ヨーロッパ近代の個人主義時代でも、家族形態は類似していたので、この種のいじめの問題はここでもたえず発生した。


古代伝説の問題

もっともシンデレラに近い民話は、東日本に多く伝播している「米福糠福」であり、その成立経緯は後述する。さらにシンデレラ譚の前半は欠落しているけれども、奈良時代末期の「吉祥姫伝説」では、登場人物が歴史上存在し、その話は信憑性が高い。しかも沓も登場し、シンデレラの話とほとんど一致する。これらの話は朝鮮や中国との交流の結果、日本へ流入したと推測できるが、その後、日本では変化している。
さらに日本のシンデレラ伝説に分類できる「黄金姫伝説」は、一部の人に注目される話であるけれども、史実に照らすとどこまで信憑性があるのか、はなはだ心もとないので、「吉祥姫伝説」と同列に扱うことはできない。「黄金姫伝説」は実証性に乏しいが、時代は「吉祥姫伝説」よりはるかに古く、インド(天竺)の王族の話から始まる。話は国王の王妃が亡くなり、王女が残された。後継の王妃があらたに迎えられたという展開からはじまる。その王妃は残された王女をいじめ、四回も殺そうとしたので、王は泣く泣く王女を舟に乗せ、海へ流した。
その王女が倭国の日立の国(茨城県)の海岸に流れ着いたとされ、漁師が王女を助け、育てたが、姫は死んでしまう。ただその際、姫の死後、蚕の虫が身代わりのように残され、夢見枕に姫はこの地方に養蚕方法を教えたという。それは雄略天皇の時代であった。この話は蚕の伝来と結び付き、巡りめぐって明治維新以降、蚕産業が盛んであった富岡の製糸工場のルーツにされたと考えられる。
事実、常陸国は養蚕が盛んで、この伝説は日立市の蠶養神社由来に伝わる。ただしこれについて唯一確証できるのは、時代が比較的新しく、1802年に上垣守国(兵庫県養父郡)出身という人の『養蚕秘録』による記録である。柳田國男も「うつぼ舟の話」という記録を残しており、これは黄金姫伝説と繫がる可能性を示唆しているが、その信ぴょう性は疑わしい。
養蚕が大陸の中国から伝来したとするならば、九州、畿内から関東へというルートが自然であり、事実、よく似た黄金姫伝説が飛驒の金山にもある。ひとつ考えられるのは、蚕伝説が内陸ルートから関東へ伝播した可能性である。いきなり外洋ルートは違和感を持つものが多い。したがって江戸時代に養蚕技術の推奨とともに、それを権威づける意味で黄金姫伝説を創成したという疑念は否定できない。このため、以下の展開において「黄金姫伝説」は除外した。以降、本書では時代を歴史的に遡るというかたちで、論を展開したいと思う。

[書き手]浜本隆志(関西大学名誉教授)
逆説の日本シンデレラ史:ルーツをめぐる遥かな旅 / 浜本 隆志
逆説の日本シンデレラ史:ルーツをめぐる遥かな旅
  • 著者:浜本 隆志
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(242ページ)
  • 発売日:2025-10-28
  • ISBN-10:4562075732
  • ISBN-13:978-4562075737
内容紹介:
平安時代の日本にシンデレラ物語があった!?ガラスの靴、かぼちゃの馬車だけではない多様なシンデレラいまや誰もが知っている童話「シンデレラ」。日本においては明治期にヨーロッパから… もっと読む
平安時代の日本にシンデレラ物語があった!?

ガラスの靴、かぼちゃの馬車だけではない
多様なシンデレラ

いまや誰もが知っている童話「シンデレラ」。日本においては明治期にヨーロッパからもたらされたと思われているが、それだけではない。日本のシンデレラ受容史からさかのぼり、アジア地域、アフリカへと物語の起源に迫る。


◆目次◆

序 章 日本のシンデレラ受容の二重構造
第1章 どうしてシンデレラが注目されるのか
第2章 日本のシンデレラはどこから来たか
第3章 シンデレラの原話を求めて
第4章 ヨーロッパ伝播ルートのシンデレラ
第5章 呪的逃走というシンデレラの類話
第6章 中近東からアジア伝播ルートのシンデレラ
第7章 ホモ・サピエンスの大移動とシンデレラ
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終 章 欧米文明至上主義のシンデレラ観の見直し
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