書評
『帳簿の世界史』(文藝春秋)
国家の繁栄と没落、分ける法則
教会法で金貸しが禁じられていた一四世紀のイタリアで、最後の審判を恐れる商人や金融業者が少しでもその罪を軽くするために会計の透明性を高めようとしたという歴史的事実には微笑を誘われる。粉飾のない会計帳簿と生前の罪を告白する懺悔(ざんげ)はまさに表裏一体だったのである。利益と損失の厳密な記録である帳簿は会社の経営や国家の統治の実態を如実に示す証拠になる。不都合な真実は隠蔽したがるのは人間の常だが、赤字だらけの帳簿もその一つだ。財布を握っている者が権力を持つことは自明だが、権力者はしばしば粉飾の誘惑に駆られるようである。本書ではローマ帝国からルネッサンス期のメディチ家、一六世紀のスペイン、東インド会社、ブルボン朝、建国期のアメリカ、ナチスドイツ、大恐慌、リーマン・ショックに至るまで豊富な破綻例をフォローし、繁栄と没落を分ける法則を帳簿の扱い方に見出している。国家存亡の危機は侵略や戦争、内乱、失政によってもたらされるが、いずれの場合も会計の破綻が直接的な引き金になっている。施政者が国庫の状態を顧みず、借金を重ねれば、どれだけ繁栄を謳歌(おうか)した国家でも没落する。この歴史的法則を踏まえれば、施政者に最も求められる資質とは、何はさておき会計に対する健全な感覚や知識であるということになる。目下の日本の財政は国債依存度が突出していて、税収が五十兆円ほどなのに、GDPの二倍、一千兆を超える借金を抱えている。年収が五百万しかないのに借金が一億円以上ある家庭と同じ状態だ。財政的にはすでに国家存立の危機に瀕(ひん)しているが、さらに地震、津波、火山などの災害、原発事故がそれに追い討ちをかける。そんな中で、他国の戦争の応援に駆けつけるカネが何処(どこ)にあるというのか? 増税と福祉の削減は覚悟しなければならないが、国民の貯蓄まで供出させられることになりかねない。
朝日新聞 2015年6月7日
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