書評
『刑務所のリタ・ヘイワース』(新潮社)
『刑務所のリタ・ヘイワース』(『ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編』(新潮社)収録)
もしも、人生これからだっていう、たとえば二五歳とかそんな年齢で、してもいない殺人罪に問われて刑務所に入れられ、そこで一生を終えろって宣告されたら、人はどうなってしまうのか? 怒り、恐怖、憎しみ、自暴自棄、諦め、無気力。おおかたの人間はそうした感情を経た後に、魂の抜け殻と化してしまうってことは容易に想像がつく。アンディー・デュフレーン。三十歳という若さで大銀行の副頭取となり、社交界の花形だった美女を妻にした幸福な男。前途洋々というその時に、しかし彼は、妻がゴルフのレッスン・プロと浮気していることを知る。そして、妻とその愛人が殺される事件が起こる。アンディーは無実を主張したのだけれど、状況証拠は不利なものばかり。やがて彼は終身刑を宣告され、ショーシャンク刑務所に入れられるのだが――。
映画『ショーシャンクの空に』(傑作だから、ぜひ観て!)の原作として知られる、スティーヴン・キングの中編小説「刑務所のリタ・ヘイワース」は、希望がいかに人間の魂を救うかを伝えて深い感動をもたらす。刑務所に入れられるや否や、サディスティックな男たちから性的暴行という洗礼を受けるアンディー。ケンカが強いとは言えない小男のアンディーは、しかし、暴力に屈することなく、やがて彼らを撃退することに成功する。金融に関する知識を駆使することで看守や所長までも味方につけ、図書室の本を充実させたり、囚人が高校卒業資格を得られるよう検定試験を導入したり、環境を少しずつ改善していくアンディー。これは刑務所の運動場をまるでカクテルパーティーにいるかのように泰然と歩き、過酷な状況下にあっても自分の生き方を貫き通せる男が起こした奇跡を、刑務所内での“よろず調達屋”であるレッドが語ったという物語なのだ。
「忘れちゃいけないよ、レッド。希望はいいものだ。たぶんなによりもいいものだ、そして、いいものはけっして死なない」
奇跡を起こしたアンディーが、ある場所に残した手紙。これをレッドが見つけるシーンは、いつ読み返しても目が潤(うる)んでしまう。共感で心が震えてしまう。アンディーと出会ったばかりの頃のレッドが「あの青白い男は(中略)こっそりなにかを持ち込んだ。それはやつ自身の値打ちだったかもしれないし、(中略)ひょっとしたら、このくそったれな灰色の塀の中にさえ存在する、自由な気分だったかもしれない。やつが持ち歩いているのは、一種の内なる光だった」と言った「内なる光」、それは希望だ。
すごくつらい目に遭った時、アンディーのように自分自身を損なわず保ち続けたり、どん底にあっても希望を失わずにいることはとても難しい。けれど、希望はいいものだし、いいものは決して死なないと、自分に言い聞かせるのは悪い気分じゃない。多くの物語には、こんな風に弱ってる気持ちを立て直してくれる力があって、だからわたしは小説を読むのをやめられないんだと思う。
【この書評が収録されている書籍】
初出メディア

毎日中学生新聞(終刊) 2003年3月3日
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