書評

『この不思議な地球で―世紀末SF傑作選』(紀伊國屋書店)

  • 2020/10/18
この不思議な地球で―世紀末SF傑作選 / ウィリアム・ギブスン,パット・マーフィー,マシュー・ディケンズ,イアン・クリアーノ,ブルース・スターリング
この不思議な地球で―世紀末SF傑作選
  • 著者:ウィリアム・ギブスン,パット・マーフィー,マシュー・ディケンズ,イアン・クリアーノ,ブルース・スターリング
  • 翻訳:浅倉 久志, 秋端 勉, 小川 隆, 小谷 真理, 後藤 和彦
  • 編集:巽孝之
  • 出版社:紀伊國屋書店
  • 装丁:単行本(322ページ)
  • 発売日:1996-02-01
  • ISBN-10:4314007249
  • ISBN-13:978-4314007245
内容紹介:
世紀末都市、大震災ジャンクアート、失踪児童、自己複製プログラム、遺伝子ハッカー、恋愛ウイルス、仮想現実アイドル、性欲処理用人工生命、屍体売春、カオス的超神学、宇宙船ジャンクアート…ポスト・サイバーパンク決定版。
「二十世紀は、SFの世紀だった。それは、SF的未来観によって巨大な科学技術文明を築くとともに、SF的想像力の浸透によって超微細な高度電脳文化を自然化させていく百年間だった」

SF短編小説十作品が収められた本書の編者である巽孝之が、序文で述べているこの断言は、おそらく正しい。

ジュール・ヴェルヌから引き渡された未来への想像力は、H・G・ウェルズを経て一九二六年アメリカで雑誌『アメージング・ストーリーズ』を生んだ。そして、この雑誌に育てられた作家たちの想像力は、五十年代に外宇宙(アウタースペース)へと向かい、SFは黄金期を迎える。が、六十年代に入って、SFはますますその想像力の深度を深めていった。内宇宙(インナースペース)、精神の領域にまで踏み込むことで。J・G・バラード、マイクル・ムアコック、フィリップ・K・ディック等、この時代は今も通用するカルト・ライターを輩出した時代でもあった。

そして現代。ハードSF、フェミニズムSF、サイバーパンクと、世紀末にふさわしい百花繚乱ぶりを見せているのがSFというジャンルの “文学” なんである(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1996年)。

SFは、常に現実に先行してきた。社会問題にまで発展しているハッカーの存在とて、八十年代初頭にウィリアム・ギブスンが『ニューロマンサー』(ハヤカワSF文庫)で描いた電脳空間(サイバースペース)に遊ぶハッカーたちの“カッコよさ”がなければ、ここまで急激にその数を増やしたものだろうか。

というわけで、本書に収められているギブスンの「スキナーの部屋」を読むと、そこに出てくる魅惑的な橋上の空間も、いずれ実現してしまうような気がしてならない。不況が進み、地所をなくした人々が大挙してサンフランシスコのベイブリッジに押しかけ、そこを占拠し、コンテナやトレーラーハウスを橋からつるし、ガラクタ文化を創造する――そんな光景がありありと浮かんで仕方ないのだ。

コンピュータ・ウイルスがDNAのようならせん形に成長し始め、生命そっくりの自己複製プログラムを備えることで、本物のウイルスそのままに人間を侵し、人類を有機生命を持ったコンピュータにつくり替えるという電脳進化論SF『存在の大いなる連鎖』(マシュー・ディケンズ)、屍体愛好症(ネクロフィリア)と売春産業を合体させた屍姦SF『きみの話をしてくれないか』(F・M・バズビー)、火星探査計画を成功させて帰還した宇宙飛行士の奇妙なふるまいを描いたアンチ外宇宙SF『火星からのメッセージ』(バラード)など十篇を収録。

SF的想像力は二十一世紀に入っても枯れることはないはず、と予感させてくれる秀逸なアンソロジー集である。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

この不思議な地球で―世紀末SF傑作選 / ウィリアム・ギブスン,パット・マーフィー,マシュー・ディケンズ,イアン・クリアーノ,ブルース・スターリング
この不思議な地球で―世紀末SF傑作選
  • 著者:ウィリアム・ギブスン,パット・マーフィー,マシュー・ディケンズ,イアン・クリアーノ,ブルース・スターリング
  • 翻訳:浅倉 久志, 秋端 勉, 小川 隆, 小谷 真理, 後藤 和彦
  • 編集:巽孝之
  • 出版社:紀伊國屋書店
  • 装丁:単行本(322ページ)
  • 発売日:1996-02-01
  • ISBN-10:4314007249
  • ISBN-13:978-4314007245
内容紹介:
世紀末都市、大震災ジャンクアート、失踪児童、自己複製プログラム、遺伝子ハッカー、恋愛ウイルス、仮想現実アイドル、性欲処理用人工生命、屍体売春、カオス的超神学、宇宙船ジャンクアート…ポスト・サイバーパンク決定版。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

PASO(終刊)

PASO(終刊) 1996年4月号

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
豊崎 由美の書評/解説/選評
ページトップへ