書評
『この不思議な地球で―世紀末SF傑作選』(紀伊國屋書店)
「二十世紀は、SFの世紀だった。それは、SF的未来観によって巨大な科学技術文明を築くとともに、SF的想像力の浸透によって超微細な高度電脳文化を自然化させていく百年間だった」
SF短編小説十作品が収められた本書の編者である巽孝之が、序文で述べているこの断言は、おそらく正しい。
ジュール・ヴェルヌから引き渡された未来への想像力は、H・G・ウェルズを経て一九二六年アメリカで雑誌『アメージング・ストーリーズ』を生んだ。そして、この雑誌に育てられた作家たちの想像力は、五十年代に外宇宙(アウタースペース)へと向かい、SFは黄金期を迎える。が、六十年代に入って、SFはますますその想像力の深度を深めていった。内宇宙(インナースペース)、精神の領域にまで踏み込むことで。J・G・バラード、マイクル・ムアコック、フィリップ・K・ディック等、この時代は今も通用するカルト・ライターを輩出した時代でもあった。
そして現代。ハードSF、フェミニズムSF、サイバーパンクと、世紀末にふさわしい百花繚乱ぶりを見せているのがSFというジャンルの “文学” なんである(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1996年)。
SFは、常に現実に先行してきた。社会問題にまで発展しているハッカーの存在とて、八十年代初頭にウィリアム・ギブスンが『ニューロマンサー』(ハヤカワSF文庫)で描いた電脳空間(サイバースペース)に遊ぶハッカーたちの“カッコよさ”がなければ、ここまで急激にその数を増やしたものだろうか。
というわけで、本書に収められているギブスンの「スキナーの部屋」を読むと、そこに出てくる魅惑的な橋上の空間も、いずれ実現してしまうような気がしてならない。不況が進み、地所をなくした人々が大挙してサンフランシスコのベイブリッジに押しかけ、そこを占拠し、コンテナやトレーラーハウスを橋からつるし、ガラクタ文化を創造する――そんな光景がありありと浮かんで仕方ないのだ。
コンピュータ・ウイルスがDNAのようならせん形に成長し始め、生命そっくりの自己複製プログラムを備えることで、本物のウイルスそのままに人間を侵し、人類を有機生命を持ったコンピュータにつくり替えるという電脳進化論SF『存在の大いなる連鎖』(マシュー・ディケンズ)、屍体愛好症(ネクロフィリア)と売春産業を合体させた屍姦SF『きみの話をしてくれないか』(F・M・バズビー)、火星探査計画を成功させて帰還した宇宙飛行士の奇妙なふるまいを描いたアンチ外宇宙SF『火星からのメッセージ』(バラード)など十篇を収録。
SF的想像力は二十一世紀に入っても枯れることはないはず、と予感させてくれる秀逸なアンソロジー集である。
【この書評が収録されている書籍】
SF短編小説十作品が収められた本書の編者である巽孝之が、序文で述べているこの断言は、おそらく正しい。
ジュール・ヴェルヌから引き渡された未来への想像力は、H・G・ウェルズを経て一九二六年アメリカで雑誌『アメージング・ストーリーズ』を生んだ。そして、この雑誌に育てられた作家たちの想像力は、五十年代に外宇宙(アウタースペース)へと向かい、SFは黄金期を迎える。が、六十年代に入って、SFはますますその想像力の深度を深めていった。内宇宙(インナースペース)、精神の領域にまで踏み込むことで。J・G・バラード、マイクル・ムアコック、フィリップ・K・ディック等、この時代は今も通用するカルト・ライターを輩出した時代でもあった。
そして現代。ハードSF、フェミニズムSF、サイバーパンクと、世紀末にふさわしい百花繚乱ぶりを見せているのがSFというジャンルの “文学” なんである(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1996年)。
SFは、常に現実に先行してきた。社会問題にまで発展しているハッカーの存在とて、八十年代初頭にウィリアム・ギブスンが『ニューロマンサー』(ハヤカワSF文庫)で描いた電脳空間(サイバースペース)に遊ぶハッカーたちの“カッコよさ”がなければ、ここまで急激にその数を増やしたものだろうか。
というわけで、本書に収められているギブスンの「スキナーの部屋」を読むと、そこに出てくる魅惑的な橋上の空間も、いずれ実現してしまうような気がしてならない。不況が進み、地所をなくした人々が大挙してサンフランシスコのベイブリッジに押しかけ、そこを占拠し、コンテナやトレーラーハウスを橋からつるし、ガラクタ文化を創造する――そんな光景がありありと浮かんで仕方ないのだ。
コンピュータ・ウイルスがDNAのようならせん形に成長し始め、生命そっくりの自己複製プログラムを備えることで、本物のウイルスそのままに人間を侵し、人類を有機生命を持ったコンピュータにつくり替えるという電脳進化論SF『存在の大いなる連鎖』(マシュー・ディケンズ)、屍体愛好症(ネクロフィリア)と売春産業を合体させた屍姦SF『きみの話をしてくれないか』(F・M・バズビー)、火星探査計画を成功させて帰還した宇宙飛行士の奇妙なふるまいを描いたアンチ外宇宙SF『火星からのメッセージ』(バラード)など十篇を収録。
SF的想像力は二十一世紀に入っても枯れることはないはず、と予感させてくれる秀逸なアンソロジー集である。
【この書評が収録されている書籍】
初出メディア

PASO(終刊) 1996年4月号
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