書評
『オデュッセイアを楽しく読む』(白水社)
いま風の仕かけで「古代の娯楽」再生
その昔、岩波文庫を古代から順に読破しようと思いつき、呉茂一訳『オデュッセイアー』でさっそく挫折した。全二十四巻一万二千余行あって、これが文学の基とされる本場ヨーロッパでも『源氏物語』の須磨帰りではないが、読み終える人は少ないらしい。その本をイタリアのベストセラー作家が、かなり通俗的に読み解いてくれて、はぁ、そういう物語だったのか、と三十年ぶりに合点がいった。トロイア戦争ののち、帰還する英雄オデュッセウスが海神ポセイドンの怒りにふれて漂流させられ、二十年後に貞淑な妻ペネロペイアのもとへ辿(たど)りつくという物語である。しかし著者によるとオデュッセウスは高潔な勇士どころか、寄港ごとにあっちの魔女へフラリ、こっちの仙女へヨロリとする好色浮気なやつ。敵を倒すためにはどんな汚い手も辞さないリアル・ポリティシャンだそうだ。
物語の狂言回し、女神アテネはいま生きていたら演出家がぴったり、カリュプソみたいに四六時中首っ玉にかじりつかれたらいかに英雄でもたまらない、セイレンたちをたとえるに「シンディ・クロフォードやシャロン・ストーン級の裸の美女たちからベッドに誘われたら、さて、あなたならどうする?」と著者はいまふうの仕かけで読者を喜ばす。
一方、当時「むやみと人を殺す戦闘能力」こそ英雄の条件で、王座と妻をねらう求婚者すべてをオデュッセウスが殺したのも残虐非道には当たらない、と時代の倫理にそった解釈もほどこしている。
そもそも叙事詩はいまの連続テレビドラマ、ギリシャの貴族が夕食後、毎晩シンガー・ソングライターに歌わせた娯楽だった。「神とみまがうばかり」「ぶどう酒色の海」といった修辞がホメロスは好き、と背景まで説明してくれてたしかに「楽しく」できている。
冒険好き、旅好きは胸躍るだろう。「行き先など聞いてはならない。大事なことは出発することなのだ」。だけど女はいつも置き去りか、待つだけ。結局、酒池肉林のマッチョ物語なのかもしれない。訳は快調だ。
朝日新聞 1999年1月10日
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