書評

『シティ』(白水社)

  • 2025/10/02
シティ / アレッサンドロ・バリッコ
シティ
  • 著者:アレッサンドロ・バリッコ
  • 翻訳:草皆 伸子
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(445ページ)
  • 発売日:2002-01-01
  • ISBN-10:4560047413
  • ISBN-13:978-4560047415
内容紹介:
13歳の天才少年が風変わりな女性に出会い、恋とは言えぬ淡い交流が始まる…。二人が交互に語る魅力的な物語。イタリアのベストセラーとなった、都会をめぐるセンチメンタル・ジャーニー。
生まれてから一度も船を下りなかった天才ピアニスト。映画化されたアレッサンドロ・バリッコ『海の上のピアニスト』(白水社)の主人公が、たった一度だけ陸にあがろうと試みて挫折するシーンが忘れられない。その時の気持ちを、主人公はこんな風に親友に打ち明けている。

「ピアノの鍵盤には限りがある。ところが世界には限界がない。道ひとつとったって何百万もある。陸の人間はどうやって正しい道を見分けられるんだい? そんな無限の鍵盤の上で人間が弾ける音楽なんてないよ」

日常の中に埋没してしまう、当たり前なんだけど考えてみれば不思議なことの数々。バリッコはそうしたありふれた事物に光を当て直し、蘇らせる魔法の筆の持ち主だ。天才少年グールドと彼の身の回りの世話をしている女性シャツィを主人公にした最新作『シティ』でも、その筆は冴え渡っている。

グールドの親友で巨人のディーゼルと口がきけないプーメラン、グールドが信頼しているキルロイ教授、毎週金曜日に赴任先から電話をかけてくる父親、精神病院に入っている母親など、大勢の人物のエピソードがグールド&シャツィの物語と交差。その合間には、グールドが創作する無敵のボクサーの物語と、シャツィがレコーダーに録音する幻想的なウェスタン小説まで挿入されている。あたかも様々な道や建物によって出来ている街のように、数多の物語の断片が一見とりとめもなく配置された構成になっているにもかかわらず、意外なまでに読みやすいのは、グールドとシャツィの物語&二人の創作する小説という大通りが真っ直ぐ広々としていて、かつ抜群に面白いから。そのおかげで時折横切る路地の光景を楽しみながら、わたしたちは道に迷うことなく“シティ”を探索することができるのだ。

そして、気づく。このシティには、何百万もの道がある世界で正しい道を見つけようと模索する人間の、感情のハーモニーが響いていることに。考えもせず当たり前として片づけていたことに、別の角度から無垢の光を当てようと試みる潔癖にして柔軟な精神の遍在に。天才であることを放棄したグールドが生きる別のシティを想像し、その人生に幸多からんことを祈る時、読者は自分が生きている場所のずっと向こうまで世界が広がっていて、そこにも自分と同じように笑い泣きするかけがえのない命が存在することもまた実感するはずだ。ファニーなエピソードが多いのに、なぜか顔がくしゃりと歪(ゆが)んでしまう。忘れがたい本物の感情を喚起する、これは紛うかたなき傑作小説だ。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

シティ / アレッサンドロ・バリッコ
シティ
  • 著者:アレッサンドロ・バリッコ
  • 翻訳:草皆 伸子
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(445ページ)
  • 発売日:2002-01-01
  • ISBN-10:4560047413
  • ISBN-13:978-4560047415
内容紹介:
13歳の天才少年が風変わりな女性に出会い、恋とは言えぬ淡い交流が始まる…。二人が交互に語る魅力的な物語。イタリアのベストセラーとなった、都会をめぐるセンチメンタル・ジャーニー。

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初出メディア

GINZA

GINZA 2002年4月号

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