書評

『動物奇譚集1』(京都大学学術出版会)

  • 2020/05/04
動物奇譚集1 / アイリアノス
動物奇譚集1
  • 著者:アイリアノス
  • 翻訳:中務 哲郎
  • 出版社:京都大学学術出版会
  • 装丁:単行本(454ページ)
  • 発売日:2017-05-15
  • ISBN-10:4814000936
  • ISBN-13:978-4814000937
内容紹介:
前2〜3世紀、主にローマを拠点としながら、古典ギリシア語を用いて著述活動に専念した人物による本書は、獣・魚・鳥はもとより、爬虫類・両生類から虫・植物、果ては未確認動物に至るまで、あ… もっと読む
前2〜3世紀、主にローマを拠点としながら、古典ギリシア語を用いて著述活動に専念した人物による本書は、獣・魚・鳥はもとより、爬虫類・両生類から虫・植物、果ては未確認動物に至るまで、ありとあらゆる生物にまつわるきわめて多彩なエピソードを800話近くも集めたもの。動物たちのさまざまな生態を活写して、純粋な驚きや知的関心の対象とするだけでなく、理性なき彼らが示す美徳や悪徳などの特性にも注意を促すことで、理性を備えたわれわれ人間にとっての教訓や反省の材料に供することが企図されている。後代のシートンらによる動物文学の系譜にも位置づけられる。原書17巻を2冊に編み、第1分冊には9巻までを収める。本邦初訳。

蟹や羊の伝承がいざなう遠い旅

生きている間に出会う人間が限られているのと同様、接する機会のある人間以外の生き物もまた限られている。これに気づくとき、自然だけが、人間に自然の前で頭を垂れることを教えられるのだと気づく。

『動物奇譚集』の著者クラウディオス・アイリアノスは、170年頃、ローマの東、プラエネステ(現パレストリーナ)生まれ。解放奴隷だったらしいこと以外、伝記的な事柄はほとんど伝わっていない。とはいえ、生き物をめぐる多彩な逸話から成る『動物奇譚集』が、こうして現代の日本語で読めることは、それ自体が静かな驚異に他ならず、その中身こそ著者の姿だと受け取りたい。

原典は17巻。本訳書はそれを二分冊にして収録。実在の生き物から架空の存在まで、ごく短い言葉でまとめられた観察や伝承の類だが、目次の言葉を眺めるだけでも想像を掻き立てられ、飽きない。

「銀杏蟹(イチョウガニ)の音楽漁」。この蟹は横笛の一種によって捕獲される。「銀杏蟹が巣穴に潜りこんでいるところを、漁師が演奏を始める。相手はそれを聞いて、何か呪文に誘われるように室から出て来て、楽しさに釣られて海から上がりさえする」。そこを捕まえる。

またたとえば「春分・秋分を知る雄羊」の項も印象深い。全文を引こう。「聞けば雄羊は冬の六カ月の間、眠りに取り籠められた時には、左脇を下にして横になり眠るが、春分の日以後は右脇を下にして、反対の姿勢で休むとのこと。してみると、雄羊は彼岸の中日ごとに寝方を変えるわけだ」。それでどうなのか、という続きのないところが、こうした伝承の面白さだ。

ギリシア古典の翻訳書だけれど、研究者だけが近づけるかたちではなく、一般読者にも開かれた体裁の書物となっている点がよい。古代の博物学的視点には思いがけないほどの奥行きと豊かさがあって、頭は遠い旅へ誘われる。真夏の読書にぴったりだ。

【第二巻】
動物奇譚集2 / アイリアノス
動物奇譚集2
  • 著者:アイリアノス
  • 翻訳:中務 哲郎
  • 出版社:京都大学学術出版会
  • 装丁:単行本(415ページ)
  • 発売日:2017-06-19
  • ISBN-10:4814000944
  • ISBN-13:978-4814000944
内容紹介:
第 十 巻一 象の嫉妬二 魚の繁殖期三 駱駝の形状四 アラビアの二種の羊五 殻を出る蝸牛六 渡座をする魚七 比売知の料理法八 海豚の隊列九 エキスとエキドナ一〇 象を飼い… もっと読む
第 十 巻
一 象の嫉妬
二 魚の繁殖期
三 駱駝の形状
四 アラビアの二種の羊
五 殻を出る蝸牛
六 渡座をする魚
七 比売知の料理法
八 海豚の隊列
九 エキスとエキドナ
一〇 象を飼い馴らす
一一 鳴く魚
一二 象の肉
一三 アラビアの動物、真珠のこと
一四 鷹のこと
一五 雌のいない玉押金亀子
一六 エジプト人と豚
一七 望郷の象
一八 春分・秋分を知る雄羊
一九 ナイル河の聖魚
二〇 エリュトラ海の巨貝
二一 鰐に対する態度
二二 禿鷲のこと
二三 コプトスの蠍
二四 再び鰐に対する態度
二五 犬顔人間のこと
二六 狼の時
二七 雌牛とアプロディテ
二八 驢馬が嫌われるわけ
二九 イービスのこと
三〇 狒狒再び
三一 テルムティスというコブラ
三二 薊で育つ鳥
三三 白い小雉鳩
三四 白い燕の予兆
三五 鷓鴣のこと
三六 白鳥再び
三七 凶兆としての梟
三八 蛸と伊勢海老、その他
三九 葡萄という名の豹
四〇 スキュティアの驢馬の角
四一 エウポリスと犬
四二 ラーエルテースという蟻と雀蜂
四三 ナイル河魚の穫入れ
四四 蟬のいろいろ
四五 エジプト人の犬崇拝
四六 オクシュリュンコスという魚
四七 マングース再び
四八 ピンドスと大蛇の物語
四九 クラロスのアポロンの恩寵
五〇 エリュクスのアプロディテ神殿の犠牲獣

第十一巻
一 アポロンを称える白鳥
二 エペイロスの大蛇の年占
三 ヘパイストス神殿の犬
四 ヘルミオネのデメテル神殿
五 ダウニアのアテナ神殿の犬
六 動物のアジール
七 鹿のアジール
八 蠅の自制心再び
九 イカロス島のアルテミス神殿
一〇 聖牛アピスのこと
一一 太陽神の聖牛ムネウイス
一二 海豚の賢さ
一三 牛飼ダプニスの愛犬
一四 象の子守
一五 不義密通を成敗する象
一六 大蛇の予言力
一七 見てはならぬもの
一八 孔雀と馬の奇譚
一九 正義の女神に仕える動物
二〇 神殿に仕える犬
二一 エリュトラ海の美しい貝
二二 海豚の永久運動
二三 竪琴弾きという魚
二四 海の豹と鼻尖り魚
二五 ギリシア語を解する象
二六 自然における雄の優位
二七 大戦争の小さな原因
二八 生き物の攻撃
二九 羊の胆嚢
三〇 蜂喰の孝心
三一 神に愛される馬
三二 コブラの祟り
三三 聖なる孔雀
三四 治癒神サラピス
三五 治癒神サラピス、続き
三六 馬の特性
三七 動物分類学
三八 子煩悩のエジプト雁
三九 エジプトの鷹
四〇 自然の気まぐれ

第十二巻
一 魚占い
二 聖なる都の聖なる魚
三 仔羊の怪
四 鷹の仲間について
五 鼬や鼠を崇拝すること
六 海豚と人間、死者への態度
七 エジプトのライオン崇拝
八 飛んで火に入る虫
九 鶺鴒_
一〇 動物に出る諺
一一 聖牛オヌピス
一二 海豚の跳躍力
一三 月の盈虚を知る魚
一四 鯰の育児
一五 蛙と水蛇、鰐の悪知恵
一六 多産な動物と子を生まぬ動物、デモクリトス
一七 気候と流産の関係、デモクリトス
一八 鹿の角は何故生える、デモクリトス
一九 雄牛の角の場合、デモクリトス
二〇 角のない雄牛、デモクリトス
二一 鷲に救われたギルガモス
二二 ロッカの狂犬
二三 エリュマイアのライオン
二四 珍しい名前の魚
二五 海の猿
二六 夏色冬色
二七 大鯰、人なつこい魚
二八 スパルタ王の嫁選び
二九 インドの蛇
三〇 ローマを救った鵞鳥
三一 動物にまつわる風習
三二 クサンティッポスの犬
三三 美白の川
三四 人間に恋した鳥
三五 翼のある猪
三六 蛇族
三七 動物崇拝
三八 ガンジス河の鰐
三九 香草を好む魚
四〇 漁りの四方法
四一 音楽の力
四二 アリオンと海豚
四三 音楽猟
四四 アンティアースの最期

第十三巻
一 王となる者へのカリスマ
二 サルゴス漁
三 魚の食住環境
四 美名魚
五 再び鮟鱇について
六 怪盗八本脚
七 象の治療
八 花の香愛でる象
九 インドの馬と戦象
一〇 マウリタニアの豹狩り
一一 兎と狐、兎の分散子育て
一二 雄兎の出産
一三 兎の特性
一四 兎の走り三種
一五 穴兎
一六 鮪漁
一七 アウローピアースという魚
一八 インドの王宮
一九 イオニア海のケパロス漁
二〇 車輪という怪魚
二一 トリトン
二二 王を警護する象
二三 海のスコロペンドラ
二四 猟犬の訓練
二五 インド王の食卓
二六 海の蟬
二七 魚の呪術的利用
二八 平鯛の葉枝漁

第十四巻
一 裏切りの鯖
二 武鯛の薬効
三 足踏み手摑み漁
四 海胆と針鼠の薬効
五 象牙狩り
六 象の心臓、山猫の醜さ
七 駝鳥狩り
八 鰻漁
九 海のライオン
一〇 マウリタニアの驢馬
一一 リビアの牛
一二 三たび竜魚について
一三 インド王のデザート
一四 リビアのガゼル、他
一五 ミューロスという魚
一六 リビア高地の野生の山羊
一七 リビアの亀
一八 ヒッポマネス再び
一九 沸騰湖の魚
二〇 毒にも薬にもなる龍落子
二一 川の犬
二二 川姫鱒
二三 イストロス河の怪魚
二四 毒ある海藻
二五 イストロス河の大鯰漁
二六 冬のイストロス河
二七 芍薬採取の秘法
二八 ネリテスの変身物語
二九 エリダノス川の氷結漁

第十五巻
一 マケドニアのフライ・フィッシング
二 海の雄羊
三 ウィボ湾の鮪
四 月を感じる魚
五 黒海の鮪漁
六 鮪漁とポセイドン
七 蜜の降る地
八 インドの真珠獲り
九 海の鶴という魚
一〇 メジ鮪の漁
一一 陸の鼬と海の鼬
一二 蛤
一三 出血を惹き起こす蛇
一四 インド王への貢ぎ物
一五 インドの動物競技会
一六 母胎を破って誕生
一七 ライオンと海豚
一八 セーペドーンという爬虫類
一九 亀の交尾行動
二〇 鳴かぬ鶏
二一 インドの大蛇
二二 嘴細烏と鷲
二三 鰤モドキの変身譚
二四 インドの牛競走
二五 馬にまつわる奇聞
二六 虫の害、様々な鼠
二七 胸黒鷓鴣の聞き做し
二八 木葉木菟
二九 鶴とピュグマイオイの戦い縁起

第十六巻
一 紫貝、染料の取り方
二 インドの鳥
三 八哥鳥
四 大禿鸛
五 インドの戴勝
六 穿山甲
七 シュリアの鷓鴣
八 インドの水蛇
九 インドの騾馬
一〇 知性を備えた猿
一一 巨大な草食動物
一二 インドの海の巨大な魚
一三 インドの魚、続き
一四 インドの亀
一五 インドの蟻
一六 プルトンの大空洞での家畜犠牲
一七 タプロバネ島の巨大亀
一八 タプロバネ島の動物相
一九 インド洋の海の兎
二〇 インドのカルタゾーノス
二一 サテュロスに似たインドの動物
二二 インドのスキラタイ族
二三 シュバリス滅亡の因
二四 狼に引き裂かれた馬
二五 軍馬の養成
二六 寒冷地の羊
二七 毒蛇を苦にせぬ種族
二八 再びプシュッロイ族と毒蛇のこと
二九 エンペドクレスの合体動物
三〇 リュキアの山羊
三一 犬の乳を飲む民
三二 ケオス島の羊
三三 特色ある家畜
三四 サルディニア島の山羊
三五 干物で飼われる山羊
三六 豚を怖れる象
三七 インドのプシュッロイ族の家畜
三八 蛇と蟹
三九 大蛇譚
四〇 セープス
四一 怪異な蠍と蛇
四二 怪異な蠍と蛇、続き

第十七巻
一 巨大な蛇と蟹
二 巨大なインドの蛇
三 巨大な蝮と亀
四 プレーステールという蛇
五 おとなしいコブラ
六 水の怪物
七 象と駱駝のこと
八 庭という名の猿
九 半人半驢馬という名の猿
一〇 土地による特異性
一一 ザキュントス島の毒蜘蛛
一二 蟾蜍の毒
一三 黄疸を癒す鳥
一四 巨鳥
一五 奇譚二則
一六 賄賂をゆする黒丸烏
一七 カスピ海地方の鼠
一八 赤鱏の音楽漁再び
一九 ガラティア地方の食害昆虫
二〇 白い燕
二一 シナモン鳥再び
二二 オーリオーンという鳥
二三 カトレウスという鳥
二四 白鳥の勇気再び
二五 物真似猿の奇妙な捕り方
二六 インドのライオン
二七 ライオンに滅ぼされた民
二八 太古のサモス島
二九 インドの戦象
三〇 牛の飼葉となる魚
三一 アルメニアの毒魚
三二 カスピ海のオクシュリュンコス
三三 カスピ地方の逆さ鳥
三四 カスピ地方またはインドの鳥
三五 カスピ地方の山羊と駱駝
三六 カスピ地方の第三の鳥
三七 プラシオイ地方の猿
三八 虫に国を逐われた民
三九 住民を立ちのかせた動物
四〇 バビロニアの蟻
四一 豹の特性
四二 象と戦う犀
四三 エチオピアの猛牛
四四 ヘラクレス社とヘベ社の鶏
四五 虫に国を逐われた民再び
四六 駱駝の肉を好むライオン
四七 鷲の恩返し

後 序
解 説
関連地図
章番号対照表 /度量衡単位
博物学索引 /固有名詞索引 /典拠索引

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

動物奇譚集1 / アイリアノス
動物奇譚集1
  • 著者:アイリアノス
  • 翻訳:中務 哲郎
  • 出版社:京都大学学術出版会
  • 装丁:単行本(454ページ)
  • 発売日:2017-05-15
  • ISBN-10:4814000936
  • ISBN-13:978-4814000937
内容紹介:
前2〜3世紀、主にローマを拠点としながら、古典ギリシア語を用いて著述活動に専念した人物による本書は、獣・魚・鳥はもとより、爬虫類・両生類から虫・植物、果ては未確認動物に至るまで、あ… もっと読む
前2〜3世紀、主にローマを拠点としながら、古典ギリシア語を用いて著述活動に専念した人物による本書は、獣・魚・鳥はもとより、爬虫類・両生類から虫・植物、果ては未確認動物に至るまで、ありとあらゆる生物にまつわるきわめて多彩なエピソードを800話近くも集めたもの。動物たちのさまざまな生態を活写して、純粋な驚きや知的関心の対象とするだけでなく、理性なき彼らが示す美徳や悪徳などの特性にも注意を促すことで、理性を備えたわれわれ人間にとっての教訓や反省の材料に供することが企図されている。後代のシートンらによる動物文学の系譜にも位置づけられる。原書17巻を2冊に編み、第1分冊には9巻までを収める。本邦初訳。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2017年07月30日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
蜂飼 耳の書評/解説/選評
ページトップへ