「支配」生まれる基盤を描き出す歴史書
この秋公開された巨匠リドリー・スコット監督の映画『グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声』のなかで、主人公ルシアスは北アフリカの集落で平穏に暮らしていた。そこへローマ帝国の軍団が侵攻し、ヌミディアという部族群を服属させ、ルシアスは捕虜になった。前一千年紀後半以降、北アフリカの現チュニジア周辺はカルタゴが君臨し、その西隣の広範な地域にヌミディア人の部族群がいた。前三世紀末の第二次ポエニ戦争の終末期に、ローマの大スキピオのアフリカ侵入に協力する原住部族の王族がおり、王族の首領はマシニッサであった。
そもそも北アフリカの原住民はベルベル人とよばれ、ヌミディア人もその流れにいた。それらの人々にとって、東方のフェニキア人がカルタゴ勢力の覇権を築いたことは心地よい出来事ではなかった。それ故、この地における原住民の王権の成立自体をフェニキア人―カルタゴ勢力に対する一種の抵抗運動と捉える見方もあるという。
ところが、前二世紀半ば、ローマがカルタゴを滅ぼしてその領土の支配に乗り出したために、ヌミディア王国の勢力そのものが危うくなっていた。そこから、ローマによる地中海世界の支配の拡大という大問題と関わってくる。というのも、マシニッサ以降のヌミディア王との間に、ローマは「友好関係」を結んでおり、それはローマが地中海周辺全域に確立していく支配権=インペリウム(「帝国」)と密接に関連してくるのだ。
ローマ史研究の文脈のなかでは、この「友好関係」は、ローマの対外クリエンテーラ(平たく言えば「親分・子分関係」[評者訳]である)の典型例の一つと位置づけられるが、ローマ側の事情とは別に、むしろヌミディア側の社会と王権を分析することが本書の重要な課題らしい。すなわち、ヌミディア王国がこの関係にどう拘束され、また、なぜ、どのような客観的条件のもとで拘束されていたのかを問いたいのである。
帝国化していくローマの力は、軍事力だけではなく、西地中海地域における経済的諸関係を作動させる「場」としてあるのではないかという優れた問題意識にもなる。一例をあげれば、前二世紀末にローマの元老院を訪れたヌミディア王は「ヌミディア王国の管理権だけが私のものなのであり、その権利(ユース)と支配権(インペリウム)はローマ人のものだと考える」といささか卑屈な意見を表明したという。「友好国」の王の立場について、ローマの支配層がいだいていた想念ならうかがえる。しかし、しばしば読み飛ばされがちな言及のなかに、ローマの支配を準備し、実現した「場」の発見という角度から分析し直すこと、そこに本書の試みの重点があるという。
北アフリカにおけるカルタゴ支配の崩壊局面にあってヌミディア人が登場し、そのヌミディア王国の解体とともに、ローマの北アフリカ支配が拡大していく。それはヌミディア社会全体がより種族的に分散・集合離散させられる過程であり、「ローマ化」の進展するなかでローマ帝国が生成する基盤が鮮やかに摘出されている。ローマ帝国の支配を新たな視角から提示する卓越した歴史書として喜ばしいかぎりである。