書評
『将軍の都の客人――越後の寺娘・常野、江戸を訪う』(みすず書房)
書状から読む無名女性の生き様
二百年以上前の無名の女性の研究は困難を極める。女性の史料は少なく、研究がワンパターンに陥りがちであった。日記や随筆を遺(のこ)すのは、学者や医者の娘が多い。紀州藩の学問一家の娘・川合小梅『小梅日記』や、仙台藩の医者で『赤蝦夷(えぞ)風説考』を書いた工藤平助の娘・只野真葛の『独考(ひとりかんがえ)』は平凡社の東洋文庫で活字化・出版されている。これらは異様に賢い当時のインテリ女性であり、彼女らから江戸時代の女性を研究したものが増えてきた。特に海外の研究者には古文書解読のハードルが高い。活字化文献を読んでインテリ女性を描く女性史になりがちであった。江戸の長屋に住む下働き女性の生活や心のうちに迫った近世女性史は少なかった。ただ、方法はあった。研究素材に「書状」を使えばよい。近世後期の日本は世界的にみても庶民の識字率とりわけ女性の識字率が高いほうであった。とはいえ全国的には読み書き不能の女性が多数派。明治初期の識字調査データから南九州等では女性は1割以下であったのが確実視されている。無名女性でも上のほうは仮名の書状が書ける。書状は一般に難読だが仮名書き書状はさほどでもない。書状をまとまって残した無名女性の人生を研究すれば、ステレオタイプでない江戸女性の姿が探れる。
それで近年、書状からみた女性史研究が国内外で進んだ。本書の原著はその成功例であり、ピュリツァー賞伝記部門の最終候補にも選ばれている。江戸女性は忍従の教えで従順だとか二夫にまみえず結婚回数が少ないとか、ステレオタイプがある。確かにその面もあるが、建前だ。実態は単純でない。
本書は「常野」という女性の五十年の人生を追ったミクロ・ヒストリーである。越後(新潟県)の浄土真宗の寺に生まれ、十代で現在の山形県の寺に嫁いだが離縁して合計四回の結婚をし、江戸の長屋に住んで下働きもした。常野に「結婚したいと言ってきた男性は少なくとも九人目だ」という記述があるほど無名の女性の人生を精密に描いている。こんな精密描写ができたのは、新潟県立文書館が「林泉寺文書」を整理し、百三十通にも及ぶ常野に関連した書状をネット上で紹介し、原著者がこれを世界史的な幅広い知見で存分に活用して執筆できたからである。この寺は既に廃寺だから、家族の内情も自由に研究できた。
常野の自由奔放さには驚かされる。兄の反対や指示を無視して押し切る。自分の意志で男をみつけ、家族を騙(だま)して、江戸に出奔する。その過程で家族とのやりとりが生じ、書状の文字として残され、通常は残らない江戸の無名女性の心中の風景が描かれている。
近世史の研究者としてありがたかったのは、女中として奉公に出る女性の詳細が史料的根拠をもって示された点である。江戸時代は、男は「人足」労働に、女は「女中」として奉公に出る場合が珍しくなかった。これが結婚年齢を左右し、日本列島の人口動態にも影響していた。その人々は文字で探れないことが多かった。原著者は貴重な例から情報の多い著作に仕上げ、訳者・監訳者が難しい江戸時代の用語を適切に翻訳している。本書は、江戸時代を知ろうとする者にとって必読の書である。
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