書評
『江戸から見直す民主主義』(現代書館)
寺子屋、藩校、入札、合議…維新前の世
薩長主役の強権政治=明治維新でなくてもよかった。江戸時代には豊かな民主主義の伝統があったから。日本近代のもうひとつの可能性を気付かせてくれる良書だ。2013年に発足した「赤松小三郎(あかまつこさぶろう)研究会」が本書の発端だ。赤松は上田藩士、≪慶応三年に日本史上初めて議会制民主主義の政体構想を提案し、その実現のために奔走し…薩摩藩に暗殺され≫た。2024年、同会のシンポジウムで田中優子氏が講演し、関良基・橋本真吾両氏が報告したのを機会に本書が具体化。今回収録された三氏の座談会も内容が豊富だ。
第一章「江戸の教育」は、田中優子氏が寺子屋や藩校のユニークな教育法を紹介する。寺子屋の教員はほぼ無給のボランティアで、子どもを個別指導した。子どもはよく騒ぎ学級崩壊状態、それでも庶民の多くが読み書きや社会道徳を身につけた。藩校では学生同士が激論を交わし、村の寄合では全員が納得するまで議論を続ける。どれも民主主義の基礎になる。
第二章「江戸時代に民主主義を考えた人びと」は、関良基氏が民主的な政治的意思決定の伝統を紹介する。≪村役人を入札で選出する≫村々。慶応年間には赤松のほか後藤象二郎、山内容堂、松平乗謨(のりかた)、加藤弘之らが選挙を提唱。土佐藩の「大政奉還建白書」も議会開設を提案。明治二年には五十余の藩が地方議会を設置していた。これらを押し潰して、専制政治と天皇の権威が樹立されていく。
第三章「江戸後期の民主主義概念の輸入と受容」は、橋本真吾氏が蘭学のもたらした新知識を紹介する。朽木(くつき)昌綱『泰西輿地図説(たいせいよちずせつ)』は最新の世界地理書。幕府の蕃書和解御用(ばんしょわげごよう)は蘭書の翻訳を続け、青地林宗はリパブリックを共治国と訳し、アメリカ合衆国の政体を説明した。箕作(みつくり)省吾『坤輿図識(こんよずしき)』は幕末知識人の常識となった。
第四章「座談会」は本書のハイライトだ。田中/幕府は世界情勢の知識を重視し蘭書を集めた。関/幕末には蘭学者でない人も蘭書を読み始めた。田中/産業革命前は西洋が進んでいるという感覚はなかった。橋本/前野良沢は解剖書をみて西洋は進んでいると思った。後期水戸学が天皇を持ち上げ始めた。関/赤松小三郎は天皇に権限を持たせず、立法権は議会にあるべきとした。田中/農民には一揆の文化があった。関/赤松は島津久光や松平春嶽や徳川慶喜に建白し実行力がある。橋本/議会や憲法を、攘夷(じょうい)派はどうみていたか。関/坂本龍馬のような攘夷派が議会論者に変わったり、一定の影響があった。アーネスト・サトウが武力倒幕路線をけしかけて回った。田中/陽明学は行動主義で倒幕テロの土壌になった。関/薩長はテロで政権をとり、韓国や中国で同様のことを繰り返した。
歴史は後からみれば、一本道にみえる。でも本当は右か左か、歴史の分岐点の連続である。幕府の側に、合議にもとづき平和的に日本近代をスタートさせようという幅広い動きがあった。攘夷派はテロでこの動きを抑え込んだ。五箇条の御誓文は「大政奉還建白書」より大幅に後退した内容になっている。自由民権運動におされて帝国憲法を定めたものの、教育勅語も定めて、国民は天皇に従い奉仕する存在だとした。薩長の強権政治以外の可能性はなかったことにされた。日本の歴史の真実を知り自己理解を深める必須の書だ。
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