書評

『〈反延命〉主義の時代:安楽死・透析中止・トリアージ』(現代書館)

  • 2021/08/21
〈反延命〉主義の時代:安楽死・透析中止・トリアージ / 小松 美彦,市野川 容孝,堀江 宗正
〈反延命〉主義の時代:安楽死・透析中止・トリアージ
  • 著者:小松 美彦,市野川 容孝,堀江 宗正
  • 出版社:現代書館
  • 装丁:単行本(304ページ)
  • 発売日:2021-07-26
  • ISBN-10:4768435882
  • ISBN-13:978-4768435885
内容紹介:
近年の日本では、「延命」という言葉が否定的な意味で使われることが多くなった。「延命」は医学の当為だが、それに異を唱える潮流が〈反延命〉主義として現れ、勢いを増している。社会保障の… もっと読む
近年の日本では、「延命」という言葉が否定的な意味で使われることが多くなった。「延命」は医学の当為だが、それに異を唱える潮流が〈反延命〉主義として現れ、勢いを増している。社会保障の財源や医療資源の不足、日本人の死生観などを根拠に、「生産性」のない生の価値を否定し、改善の見込みのない苦痛を長く味わわせることの非倫理性を説くなど、その事象はさまざまである。本書では、それらをある程度網羅し、さらに過去から現代に至る歴史的経緯を解明する論考が並んでいる。

個人の思いが政治利用され得る危険

先進圏を中心に安楽死やPAD(医師の助けを借りた死、本書ではPAS)解禁の傾向が広がり、日本でも難病の五十代の女性がスイスで自死を遂げた事情を、NHKが密着ドキュメンタリーとして放映、同じく密着取材した宮下洋一氏の著作(『安楽死を遂げた日本人』小学館)も刊行されて、一つの社会問題になっている。本書は、そうした状況を「反延命主義」と名付け、三人の編者ほか多くの論客の文章や対談を盛り込んだ、反論・批判の書である。

第Ⅰ部「<反延命>主義の現在」、第Ⅱ部「<反延命>主義を問う」となっているが、第Ⅰ部で、特に編者の一人堀江氏の序章は、「<反延命>主義とは何か」と題されながら、その定義や現状の描写からは離れて、厳しい批判の文章である。世界や日本の状況の客観的な分析は、第三章児玉真美氏の論述で果たされる。

やはり編者の一人小松氏の第一章は、前述のスイスで自死を遂げた日本女性のTV番組の、極めて詳細な分析が主題だ。小松氏は、番組プロデューサーの姿勢に、長い取材期間中、微妙な変化が起こり、番組は、結果的に、自死を遂げた女性の価値判断の一方的な代弁になった、とする。つまり、「いのち」と「生き方」とを分断し、後者を優先させることを問題視する。また、そのような取材と公表とを許した理由を、この問題に関して日本社会に一石を投じたかったから、と女性は主張するが、その主張を取り上げるに当って、ジャーナリストとしての批判精神は、働かなかったのだろうか、という疑問が提出される。

ここで提起された「いのち」と「生き方」との分断と選択は、極めて深刻な問題である。国際的に見ても、安楽死あるいはPADに走った人々の多くは、今耐え難い苦しみに七転八倒しており、それを除く方法は、致死量に近い鎮静か、死そのもの以外に選択がない、という状況ではなく、今の病気が、それを止める方法が見つからないままに、将来進行した際に想定される状況への、耐え難い惧(おそ)れ、拒否感を事由としている。そのような状況下の自分の「生き方」をどうしても受け容れられない、という思いが、自死へと誘う。

小松氏をはじめ、本書の著者たちは、個人の抱くこのような「思い」を、事実として全面的に否定するわけではなかろう。そうした思いが拡張されて、政治的(非常に広い意味で使いたい)に利用され得ることの危険に、警鐘を鳴らしたいのだ、と私は読んだのだが。

「政治的」側面の一つは、それがナチズムにおける優生思想と重なる、という点である。しかし、ナチズムは百パーセント悪である、ゆえにナチズムに重なるものも、議論なく悪である、という論理は正しいか。また堀江氏は<反延命>に加担するのは「医療右翼」だと断じるが、小松氏も指摘するように、日本で優生保護法(現母体保護法)制定に尽力したのは、当時の左翼政党の人々だったこと、またヨーロッパでも、現在安楽死法制定に反対しているのは、保守色の強い勢力であることを考えれば、話は一筋縄ではいくまい。

かく問題は厄介だが、あの女性が投じた一石が、本書を生んだことは確かだし、他の執筆者の論考に触れる紙幅がなくなったのは残念だが、今後問題を考えるのに、絶好の一書を得たことを喜ぶ。
〈反延命〉主義の時代:安楽死・透析中止・トリアージ / 小松 美彦,市野川 容孝,堀江 宗正
〈反延命〉主義の時代:安楽死・透析中止・トリアージ
  • 著者:小松 美彦,市野川 容孝,堀江 宗正
  • 出版社:現代書館
  • 装丁:単行本(304ページ)
  • 発売日:2021-07-26
  • ISBN-10:4768435882
  • ISBN-13:978-4768435885
内容紹介:
近年の日本では、「延命」という言葉が否定的な意味で使われることが多くなった。「延命」は医学の当為だが、それに異を唱える潮流が〈反延命〉主義として現れ、勢いを増している。社会保障の… もっと読む
近年の日本では、「延命」という言葉が否定的な意味で使われることが多くなった。「延命」は医学の当為だが、それに異を唱える潮流が〈反延命〉主義として現れ、勢いを増している。社会保障の財源や医療資源の不足、日本人の死生観などを根拠に、「生産性」のない生の価値を否定し、改善の見込みのない苦痛を長く味わわせることの非倫理性を説くなど、その事象はさまざまである。本書では、それらをある程度網羅し、さらに過去から現代に至る歴史的経緯を解明する論考が並んでいる。

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毎日新聞 2021年8月14日

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