書評

『情報哲学入門』(講談社)

  • 2024/08/26
情報哲学入門 / 北野 圭介
情報哲学入門
  • 著者:北野 圭介
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2024-01-15
  • ISBN-10:4065345979
  • ISBN-13:978-4065345979
内容紹介:
私たちは「情報」なしで暮らすことはできません。スマホでニュースを確認する、メールやラインをチェックする。改札を電子マネーの端末で通り抜け、車内では画面に映る広告や駅名を見る。そし… もっと読む
私たちは「情報」なしで暮らすことはできません。スマホでニュースを確認する、メールやラインをチェックする。改札を電子マネーの端末で通り抜け、車内では画面に映る広告や駅名を見る。そして会社に着けば……といったように、あらゆる場所に、無数の形で情報はあふれています。
では、そもそも情報とは何でしょうか? 一昔前のように言語をモデルに理解するのでは、医療現場での生体反応データから宇宙空間における周波数データまでをすべて「情報」として捉えることはできません。つまり、それが何かをよく理解していないまま私たちは情報なしではありえない生活を送るようになっているのです。
本書は、こうした現状の中で「情報という問い」に正面から取り組みます。カーツワイル、ボストロム、テグマークを通して技術との関係の中で「人間」とは何かを確認し、マカフィーとブリニョルフソン、ズボフを通して社会の中での情報がもつ機能を捉え、フクヤマ、ハラリ、サンデルを通して政治との関わりを考察します。その上で改めて「情報」というものを哲学的に規定し、情報をめぐる課題を整理します。
最先端の議論の見取り図を得られるばかりか、そこから得られる知見を整理し、日常にどう役立てるのかまで示してくれる本書は、これまでになかった1冊と断言できます。

[本書の内容]
序 章 情報という問い

第I部 情報がもたらす未来
第1章 情報と技術の未来
第2章 情報と経済の未来
第3章 情報と政治の未来

第II部 情報哲学の現在
第4章 情報の分析哲学
第5章 情報の基礎づけ
第6章 人工知能の身体性

第III部 情報の実践マニュアル
第7章 世界のセッティング
第8章 社会のセッティング
第9章 「人間」のセッティング

人間と社会の未来構想に切り込む

「入門」というので気軽に読み始めたのですが、なかなか手強い相手でありました。理由の一つは、著者のキャリアもあり、またこの領域特有の事情もあるのでしょうが、どのページも、カタカナ語とカタカナの人名で溢れていることであるかもしれません。最初から読者の志気を殺(そ)ぐような紹介になりましたが、現代社会の最先端の動きを、正面から捉えた、学びの多い書物です。

評子は科学哲学を学んだ人間ですが、著者のスタンスは、科学哲学にあやかりつつ、「情報哲学」という新しい領域を提唱する意図をお持ちのようです。ということは、科学哲学の成果の何ほどかを基礎に、情報という概念、あるいはそこに派生する様々な論点が、人間の考え方にどのような変化を生み出したか、生み出しつつあるか、という難問を、組織的に考究しようとする点にあるのでしょう。

第Ⅰ部では、情報に関する技術的進歩が人間の思考に与える影響、資本主義経済に与えるそれ、自由主義を標榜する現代政治の主流に与えるであろう影響等を、諸家の論を引きながら、分析されます。登場する諸家は、カーツワイル、ボストロム、テグマーク、マカフィー、ズボフ、フクヤマ、サンデル、ハラリといった面々です。

第Ⅱ部では、科学哲学、あるいはその中心をなした分析哲学の成果と、その手法を使いながら、情報が、人間の生、人間の思考と行動に与える影響を、ここでも諸家の論を引きつつ詳述されます。日本の吉田民人、西垣通をはじめ、イタリア生まれイギリスの現代科学哲学、技術哲学の中心人物の一人、情報哲学の先達であり、「第四の革命」や「情報圏」(インフォスフィア)の提唱者であるルチアーノ・フロリディが登場します。分析哲学の御大ジョン・サールとの大論争も紹介されています。フロリディの論立てが判りやすく説かれているのは便利と申し上げてよいでしょう。知能を論じるところではピアジェにも触れられています。

最後の第Ⅲ部では、上述のような考察を踏まえた上で、人間と社会の未来をどう構想するか、その実践的な指針が示されます。ここでは、ハイデガーのような古典から、国際哲学界のヒーロー(時に哲学界のロックスターと呼ばれる)マルクス・ガブリエル、アフォーダンス理論の提唱者ジェームズ・ギブソン、科学哲学の大御所ブルーノ・ラトゥール、あるいはバラス・スキナーらのビッグ・ネームに混じって、日本の古典・中世学の権威山内志朗らの諸説が、要領よく紹介されています。

こうしてみると、本書が単なる諸説の紹介に留まっているような印象を与えるかもしれません。慥(たし)かに、「入門」という役割からすれば、当該の領域で行われてきた重要な論説に関する、要領のよい解説が先ずは与えられるべきであって、その点で、本書に遺漏はないというか、充分過ぎるほど、その役割を果たしています。しかし、本書では、著者の卓見も随所に見られます。例えば、終盤の方で、情報技術が社会概念を一新するという可能性を胚胎している、という論点を立てた上で繰り広げられる、一義的に捉えることの困難な「人間社会」なるものが、これまでにもつ多義性に、情報が加える新機軸についての洞察は、教えられるところ大でした。
情報哲学入門 / 北野 圭介
情報哲学入門
  • 著者:北野 圭介
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2024-01-15
  • ISBN-10:4065345979
  • ISBN-13:978-4065345979
内容紹介:
私たちは「情報」なしで暮らすことはできません。スマホでニュースを確認する、メールやラインをチェックする。改札を電子マネーの端末で通り抜け、車内では画面に映る広告や駅名を見る。そし… もっと読む
私たちは「情報」なしで暮らすことはできません。スマホでニュースを確認する、メールやラインをチェックする。改札を電子マネーの端末で通り抜け、車内では画面に映る広告や駅名を見る。そして会社に着けば……といったように、あらゆる場所に、無数の形で情報はあふれています。
では、そもそも情報とは何でしょうか? 一昔前のように言語をモデルに理解するのでは、医療現場での生体反応データから宇宙空間における周波数データまでをすべて「情報」として捉えることはできません。つまり、それが何かをよく理解していないまま私たちは情報なしではありえない生活を送るようになっているのです。
本書は、こうした現状の中で「情報という問い」に正面から取り組みます。カーツワイル、ボストロム、テグマークを通して技術との関係の中で「人間」とは何かを確認し、マカフィーとブリニョルフソン、ズボフを通して社会の中での情報がもつ機能を捉え、フクヤマ、ハラリ、サンデルを通して政治との関わりを考察します。その上で改めて「情報」というものを哲学的に規定し、情報をめぐる課題を整理します。
最先端の議論の見取り図を得られるばかりか、そこから得られる知見を整理し、日常にどう役立てるのかまで示してくれる本書は、これまでになかった1冊と断言できます。

[本書の内容]
序 章 情報という問い

第I部 情報がもたらす未来
第1章 情報と技術の未来
第2章 情報と経済の未来
第3章 情報と政治の未来

第II部 情報哲学の現在
第4章 情報の分析哲学
第5章 情報の基礎づけ
第6章 人工知能の身体性

第III部 情報の実践マニュアル
第7章 世界のセッティング
第8章 社会のセッティング
第9章 「人間」のセッティング

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年5月11日

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