人間と社会の未来構想に切り込む
「入門」というので気軽に読み始めたのですが、なかなか手強い相手でありました。理由の一つは、著者のキャリアもあり、またこの領域特有の事情もあるのでしょうが、どのページも、カタカナ語とカタカナの人名で溢れていることであるかもしれません。最初から読者の志気を殺(そ)ぐような紹介になりましたが、現代社会の最先端の動きを、正面から捉えた、学びの多い書物です。評子は科学哲学を学んだ人間ですが、著者のスタンスは、科学哲学にあやかりつつ、「情報哲学」という新しい領域を提唱する意図をお持ちのようです。ということは、科学哲学の成果の何ほどかを基礎に、情報という概念、あるいはそこに派生する様々な論点が、人間の考え方にどのような変化を生み出したか、生み出しつつあるか、という難問を、組織的に考究しようとする点にあるのでしょう。
第Ⅰ部では、情報に関する技術的進歩が人間の思考に与える影響、資本主義経済に与えるそれ、自由主義を標榜する現代政治の主流に与えるであろう影響等を、諸家の論を引きながら、分析されます。登場する諸家は、カーツワイル、ボストロム、テグマーク、マカフィー、ズボフ、フクヤマ、サンデル、ハラリといった面々です。
第Ⅱ部では、科学哲学、あるいはその中心をなした分析哲学の成果と、その手法を使いながら、情報が、人間の生、人間の思考と行動に与える影響を、ここでも諸家の論を引きつつ詳述されます。日本の吉田民人、西垣通をはじめ、イタリア生まれイギリスの現代科学哲学、技術哲学の中心人物の一人、情報哲学の先達であり、「第四の革命」や「情報圏」(インフォスフィア)の提唱者であるルチアーノ・フロリディが登場します。分析哲学の御大ジョン・サールとの大論争も紹介されています。フロリディの論立てが判りやすく説かれているのは便利と申し上げてよいでしょう。知能を論じるところではピアジェにも触れられています。
最後の第Ⅲ部では、上述のような考察を踏まえた上で、人間と社会の未来をどう構想するか、その実践的な指針が示されます。ここでは、ハイデガーのような古典から、国際哲学界のヒーロー(時に哲学界のロックスターと呼ばれる)マルクス・ガブリエル、アフォーダンス理論の提唱者ジェームズ・ギブソン、科学哲学の大御所ブルーノ・ラトゥール、あるいはバラス・スキナーらのビッグ・ネームに混じって、日本の古典・中世学の権威山内志朗らの諸説が、要領よく紹介されています。
こうしてみると、本書が単なる諸説の紹介に留まっているような印象を与えるかもしれません。慥(たし)かに、「入門」という役割からすれば、当該の領域で行われてきた重要な論説に関する、要領のよい解説が先ずは与えられるべきであって、その点で、本書に遺漏はないというか、充分過ぎるほど、その役割を果たしています。しかし、本書では、著者の卓見も随所に見られます。例えば、終盤の方で、情報技術が社会概念を一新するという可能性を胚胎している、という論点を立てた上で繰り広げられる、一義的に捉えることの困難な「人間社会」なるものが、これまでにもつ多義性に、情報が加える新機軸についての洞察は、教えられるところ大でした。