書評

『The Dangerous Case of Donald Trump: 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President』(Thomas Dunne Books)

  • 2018/01/29
The Dangerous Case of Donald Trump: 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President / Bandy X., M.D. Lee (編集)ほか
The Dangerous Case of Donald Trump: 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President
  • 著者:Bandy X., M.D. Lee (編集)ほか
  • 出版社:Thomas Dunne Books
  • 装丁:ハードカバー(360ページ)
  • 発売日:2017-10-03
  • ISBN:1250179459

精神医学の専門家が危惧する、トランプの「病的自己愛」と「ソシオパス」

トランプの危険な人格を「警告」する義務感に駆られた専門家が寄稿した解説書は、何より米社会の「邪悪の正常化」に警鐘を鳴らす


2015年6月16日に大統領選への出馬を発表して以来、ドナルド・トランプの常軌を逸した言動に関する話題は途切れたことがない。

ビデオやツイッターでの揺るぎない証拠があるというのに平然と嘘をつきとおし、それを指摘されたり、批判されたりすると、逆上する。そして、こともあろうか、ツイッターで個人を執拗に攻撃する。

これまでの大統領候補や大統領からは想像もできなかったトランプの言動に対し、インターネットやメディアでは「彼は単にクレイジーなのか、それともキツネのようにずる賢いのか?(Is the man simply crazy, or is he crazy like a fox?)」という疑問が繰り返されてきた。

しかし、精神科医や心理学者、心理セラピストなど精神医学の専門家の大部分は、専門的な見解は述べず沈黙を守ってきた。その主な理由は、「ゴールドウォーター・ルール」というアメリカ精神医学会の行動規範だ。

この行動規範の名前は1964年大統領選の共和党候補バリー・ゴールドウォーターから来ている。核兵器をベトナム戦争で標準兵器として取り扱うことを推奨するゴールドウォーターに対して「Fact」という雑誌が精神科医からアンケートを取り、「1189人の精神科医が、ゴールドウォーターは大統領になるには精神的に不健全だと答えた」というタイトルの特集号を刊行した。大統領選に敗戦したゴールドウォーターは名誉毀損で雑誌の編集者を訴え、勝訴した。

この経緯から、精神医学専門家の品格や信頼性を維持し、公人や有名人を名誉毀損から守るために「公的な人物について、直接に正式な検査を行なわず、また承諾を得ずして、その人の精神の健康について、専門家としての見解を述べることは非倫理的である」というゴールドウォーター・ルールが生まれた。

トランプ大統領が就任した2カ月後の3月、アメリカ精神医学会の倫理委員会は、「もしある個人が国や国の安全にとって脅威だと信じている場合に意見を述べても良いのか?」という仮の質問を挙げた上で、改めてゴールドウォーター・ルールを遵守するよう呼びかける声明を発表した。

だが、このアメリカ精神医学会の対応に疑問を抱く専門家は少なくなかった。

翌4月20日、イェール法律大学院でも教鞭をとる精神科医のバンディ・X・リー准教授が「『警告義務』も専門家の責務に含まれるのか?」というカンファレンスを企画した。

リーに招待された多くの専門家は関わるのを避けたようだが、インターネットやメディアで関心を集め、複数の大手出版社が出版を持ちかけた。執筆希望者も多く、その中から27人が3週間というタイトなスケジュールで書き上げたのが本書『The Dangerous Case of Donald Trump (ドナルド・トランプの危険な症例)』だ。

内容は大きく三部に分かれている。

一部の「われわれの警告する義務」では、「警告義務」は専門家と患者の間にある「黙秘義務」を覆すという立場で書かれている。「警告義務」とは、患者から特定の人物への殺意を告白されていたのに、治療者が「黙秘義務」を守ったために実際に殺人が起きたタラソフ事件が発端である。この事件で治療者は責任を問われ、現在では、第三者への危険が明らかになった場合には「黙秘義務」より「警告義務」が優先されることになっている。

この部分では、それぞれの執筆者が「検査もせずに診断はできない」というゴールドウォーター・ルールをわきまえたうえで、公の場で簡単に入手できるトランプの言動から該当する人格障害などを挙げ、「トランプは大統領として危険だ」と警告している。

二部は精神医学専門家が抱えるジレンマがテーマだ。国や人々の安全が脅かされる場合、ゴールドウォーター・ルールよりも「危険を知らせる義務」のほうが大きいのではないか、というものだ。

三部のテーマは、トランプが社会に与えた影響や、今後の危険性についてだ。

だが、読み逃してはならないのは、本文に移る前のロバート・J・リフトンによる「まえがき」だ。

朝鮮戦争のとき空軍の精神科医として日本と韓国に駐在したリフトンは、戦争と人間の心理に興味を抱くようになり、原爆の被害者、ベトナム戦争帰還兵士、ナチスドイツの医師などについて本を書いた。そんなリフトンが警告するのは、「Malignant Normality(悪性の正常性)」だ。

私たちのほとんどは、自分が暮らしている環境が「正常」だと思っている。けれども、「正常」の基準は、特定の時代の政治的環境や軍事的な動向の影響を受けて変化する。そして、私たちは、その変化にたやすく慣れてしまう。

極端な例はリフトンが研究したナチスドイツの医師たちだ。彼らは、アウシュビッツで恐ろしい人体実験や殺人を行った。

「動揺し、震え上がった者がいるのも事実だ。しかし、手慣れた者が一緒に大量の酒を飲み、援助や支援を約束するなどのカウンセリング(歪んだ心理セラピーとも言える)を繰り返したら、ほとんどの者は不安を乗り越えて殺人的な任務を果たす。これが、『邪悪への適応』プロセスだ」とリフトンは言う。ナチスドイツの医師たちの間に起こったのは、「邪悪への適応」から「邪悪の正常化」だった。

リフトンによると、近年のアメリカにも「悪性の正常性」の例がある。ジョージ・W・ブッシュ政権下で、CIAは「増強された尋問のテクニック」と称して「拷問」を取り入れた。その拷問プロトコルの作成者の中に心理学者が2人含まれていたのだ。

冷戦時代の初期には、政府が核兵器の大量貯蔵を「正常なこと」とアメリカ国民に説得させる任務を精神心理学の専門家が導き、近年では地球の温暖化を否定するグループのために専門家が働いた。

このような過去を念頭に、「(トランプ時代の専門家は)この新しいバージョンの『悪性の正常性』を無批判で受け入れることを避けなければならない。そのかわりに、我々の知識と経験を活かしてあるがままの状況を暴露するべきだ」とリフトンは主張する。

さて、肝心のトランプの精神状態だが、専門家はどう見ているのだろうか?

(次ページに続く)
The Dangerous Case of Donald Trump: 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President / Bandy X., M.D. Lee (編集)ほか
The Dangerous Case of Donald Trump: 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President
  • 著者:Bandy X., M.D. Lee (編集)ほか
  • 出版社:Thomas Dunne Books
  • 装丁:ハードカバー(360ページ)
  • 発売日:2017-10-03
  • ISBN:1250179459

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初出メディア

Newsweek日本版

Newsweek日本版 2017年10月27日

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