トランプ時代に売れるオバマとバイデンの「ブロマンス」探偵小説
<トランプ政権下にオバマ時代を恋しがるアメリカ人は、まだまだストーリーの続きを期待している?>
5月末から6月初めにかけて開催されるアメリカ最大のブックフェアであるブックエキスポ・アメリカで『Hope Never Dies (希望は決して消えない)』のポスターを見かけたとき、「これは、オバマ政権を原作にしたファンフィクションではないか?」と思った。
ファンフィクションとは、日本で「二次創作」と呼ばれるものだ。英語圏でも、主にアニメ、漫画、小説、映画などのファンがオリジナルの登場人物を使って自己流の続編や異なるバージョンを創作している。ファンフィクションの最も有名なサイトである fanfiction.net の登録ユーザーは全世界で1000万人を超え、ここに掲載されている「ハリー・ポッター」の二次創作は約80万もある。
だが、ファンフィクションが日本の二次創作と異なるのは、同人誌などで商品として売られてはいないことだ。アメリカでは著作権法が厳しく、二次創作物を売ることは固く禁じられている。
とはいえ、ファンフィクションの優れた作者にはオリジナルに負けないほどのファンがつき、それをきっかけに小説家としてデビューする者も少なくない。
ティーンを対象にしたYAファンタジーのジャンルで非常に人気があるカサンドラ・クレアは、かつては「ハリー・ポッター」と「ロード・オブ・ザ・リング」のファンフィクション作家として知られていた。全世界で爆発的に売れたエロティック小説の『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』も、もともとはバンパイア小説の『トワイライト』のファンフィクションとして創作されたものだ。論争があったものの『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』を売ることができたのは、主人公の名前や背景が原作とはまったく異なるように作り直されたからである。
「ファンフィクション」の背後にある動機は、原作への情熱と原作の主人公への愛である。原作を読み終えたり、観終えたりした後でも、その世界に別れを告げたくなくて創作の続編で原作の世界や登場人物を生かし続けるのだ。
実際に読んでみると、『Hope Never Dies』にはそういう意味あいでのファンフィクションの要素が確かにある。
この探偵小説の主人公は、実在の人物をモデルにした架空のオバマ元大統領とバイデン元副大統領だ。
小説の中で、ホワイトハウスを離れてからのオバマはリチャード・ブランソンが私有する島でウインドサーフィンをし、カナダのジャスティン・トルドー首相とカヤックをし、俳優のブラッドリー・クーパーとベースジャンピングをして楽しんでいる。引退してから静かな生活を送っているバイデンは、それをテレビや雑誌で見て静かに憤っている。8年間ほぼ毎日一緒に過ごした仲だというのに、ゴルフに誘うどころか、絵葉書のひとつもよこさないのだ。
嫉妬心にかられたバイデンがブラッドリー・クーパーの写真に向かってダーツを投げているとき、突然オバマがバイデンの自宅に現れる。バイデンが仲良くしていたアムトラック鉄道の車掌が疑わしい状況で事故死したのだという。バイデンとオバマは車掌の死の真相を突き止めるために調査に出かける、という内容だ。
この筋書きから想像がつくように、常に冷静沈着で超然としているオバマがシャーロック・ホームズで、憧憬とフラストレーションが混じった感情を抱きつつ付いていくバイデンがワトソンだ。
作者のAndrew Shaffer(アンドリュー・シャファー)は、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のパロディ小説である『フィフティ・シェイムズ・オブ・アールグレイ』を書いたこともあり、パロディの世界に馴染み深い作家だ。
「パロディ」には模倣の対象をあざ笑うニュアンスがこめられているが、Hope Never Diesにはそれはない。オバマとバイデンが仲良くつるんでいたオバマ政権を「原作」として捉えれば、その主人公たちに別れを告げたくなくて非公式の続編を書く「ファンフィクション」のほうに近い。
作者のシャファーにそういった印象を伝えたところ、「個人的にファンフィクション作家に対しては大いに尊敬を抱いているし、ファンフィクションに対してネガティブな含みはない。けれども、Hope Never Diesを書いているときに、その考えが頭に浮かんだことはない」と否定した。パロディについても「ノワール小説(暗黒街犯罪小説)のパロディは意図しているけれど、それ以外はパロディでもないと思っている」ということだった。
作者は意図していなかったかもしれないが、この探偵小説を手に取り、楽しんでいる読者はオバマ大統領とバイデン副大統領のファンであることは間違いない。プロットがシンプルで軽い内容の今作が売れているのは、中南米からの移民やイスラム教徒、黒人への差別、女性蔑視を堂々と行うトランプ大統領に辟易し、オバマ政権を懐かしがっているアメリカ国民が多いからだろう。
読者を魅了している大きな要素として、オバマとバイデンの「ブロマンス」も無視できない。
「ブロマンス」とは、「兄弟(ブラザーズ)」と「ロマンス」を合わせた造語で、男性同士の性的ではなく、恋愛でもない親密な関係を示す。近年のインターネットで最も人気がある「ブロマンス」のひとつが、イギリスBBC制作の『SHERLOCK(シャーロック)』でのシャーロック・ホームズとジョン・ワトソンとの関係だ。
シャファーは、「男性の友情物語はハリウッドで常に人気があるもので、80年代や90年代には男2人が主人公の作品が大人気だった。『リーサル・ウェポン』、『デッドフォール』とか。『ホープ・ネバー・ダイズ』では、そのテンプレートに倣い、オバマ大統領とバイデン副大統領を典型的な相棒警官の役割にはめこんで、読者の期待を利用しようとした」と説明している。
しかし、「『ブロマンス』と『ロマンス』にはほとんど違いはない」というシャファーの意見は、『リーサル・ウェポン』が流行った時代のアメリカ人の感覚とは異なると言えるだろう。「男性同士の恋愛ではない親密な関係」というこれまでの定義を否定し、『ホープ・ネバー・ダイズ』は、昔恋人だった2人が再会する、というよくあるロマンス小説のコースを辿っている」というのだ。シャファーの意見は、「ファンフィクション」での「ブロマンス」に慣れているミレニアル世代にはすんなりと通じるだろうが、それ以外の読者には理解しにくいものだと思う。実在の人物を勝手に創作することに対して居心地悪さを感じる者もいるだろう。
これらの点からも『ホープ・ネバー・ダイズ』の読者層は一般的ではない。それなのに、発売時にニューヨーク・タイムズ紙と USA Today のベストセラーリストに入ったのは、それだけ多くのアメリカ人がオバマ政権を恋しがっているということなのだろう。フィクションの世界だけでも、オバマとバイデンの2人が活躍し続ける世界を想像したいのだ。
このノスタルジアが今年11月の中間選挙に影響を与えるかどうかにたずねると、シェファーは「わからない」と答えつつも、「オバマ大統領とバイデン副大統領が選挙の応援で表面に現れることは期待している」と言う。
この対話をしている最中に、オバマ大統領とバイデン副大統領が退役軍人を支援するベーカリーに一緒に現れ、明るいニュースとして歓迎されていた。
オバマ政権を恋しがるアメリカ人にとって、続編はまだ終わっていないということなのだろう。