書評
『散文売りの少女』(白水社)
世界一ラブリィなミステリーといえば、ダニエル・ペナックのマロセーヌ・シリーズで決まり! 読めば誰だって、マロセーヌ兄弟姉妹を好きにならずにいられないんだから。
母親役を担う聡明なクララ、星占いの天才テレーズ、いたずらっ子ジェレミー、悪夢にうなされるちび、泣き出したら止まらない剣呑(けんのん)な赤ん坊ヴェルダン。彼らは、新しい恋人ができるたびに家出して、生まれた子供は長男に託す母親の“情熱の果実”たちだ。全身硬直発作を起こしては悪い出来事の到来を知らせる、パリで一番不潔で臭い犬のジュリユスまでが加わった、この凄まじく個性的な一家の長が、我らが主人公マロセーヌ。見事な泣きっ面を披露して激怒する相手の憐れみを買うという、天賦の才の持ち主なのである。
さて、苦情処理係をしていたデパートで起きた連続爆破事件の容疑者にされ(『人喰い鬼のお愉しみ』)、老婆連続殺人事件の渦中に放り出され(『カービン銃の妖精』)と、巻き込まれ型アンチヒーローであるマロセーヌが、絶体絶命のピンチを迎えるのがこの『散文売りの少女』だ。そもそもの始まりは、お気に入りの妹クララの結婚。しかも新郎は六十歳の刑務所所長。マロセーヌは、恋人ジュリーの豊かな胸に顔をうずめて嘆く。「ぼくはクララに結婚してほしくないんだ」。すると、愛しい妹のお相手は結婚式当日に惨殺死体で発見され――。
一方、マロセーヌはスケープゴート役として雇われていた出版社から、謎のベストセラー作家の影武者になるよう命じられる。すると、ジュリーは激怒。「一生に一度でいいから、自分自身でいたいと思わないの?」。他人の代わりに怒られたり、弟妹の世話を押しつけられたりの人生を唯々諾々と受け入れている彼を非難して、去ってしまう。やがてやってきた影武者お披露目となるブックフェアの日。大勢のファンに囲まれたマロセーヌを待ちうける運命とは!?
ミステリーとしては、いい意味で規格外。マロセーヌ一家はじめ、彼らを取り巻く脇役にいたるまでペナックの人物造形の技は冴えわたっている。いわゆるステレオタイプの人間は一人として出てこないのだ。しかもタイトルが示唆するとおり、単なる事件の謎解きにとどまらず、散文=小説についての考察が絡んだ物語にもなっている。キャラクターとストーリーが立体的で、可愛くて、おかしくて軽妙なのに知的。声域の広い読み心地を約束してくれるのだ、このシリーズは。
【この書評が収録されている書籍】
母親役を担う聡明なクララ、星占いの天才テレーズ、いたずらっ子ジェレミー、悪夢にうなされるちび、泣き出したら止まらない剣呑(けんのん)な赤ん坊ヴェルダン。彼らは、新しい恋人ができるたびに家出して、生まれた子供は長男に託す母親の“情熱の果実”たちだ。全身硬直発作を起こしては悪い出来事の到来を知らせる、パリで一番不潔で臭い犬のジュリユスまでが加わった、この凄まじく個性的な一家の長が、我らが主人公マロセーヌ。見事な泣きっ面を披露して激怒する相手の憐れみを買うという、天賦の才の持ち主なのである。
さて、苦情処理係をしていたデパートで起きた連続爆破事件の容疑者にされ(『人喰い鬼のお愉しみ』)、老婆連続殺人事件の渦中に放り出され(『カービン銃の妖精』)と、巻き込まれ型アンチヒーローであるマロセーヌが、絶体絶命のピンチを迎えるのがこの『散文売りの少女』だ。そもそもの始まりは、お気に入りの妹クララの結婚。しかも新郎は六十歳の刑務所所長。マロセーヌは、恋人ジュリーの豊かな胸に顔をうずめて嘆く。「ぼくはクララに結婚してほしくないんだ」。すると、愛しい妹のお相手は結婚式当日に惨殺死体で発見され――。
一方、マロセーヌはスケープゴート役として雇われていた出版社から、謎のベストセラー作家の影武者になるよう命じられる。すると、ジュリーは激怒。「一生に一度でいいから、自分自身でいたいと思わないの?」。他人の代わりに怒られたり、弟妹の世話を押しつけられたりの人生を唯々諾々と受け入れている彼を非難して、去ってしまう。やがてやってきた影武者お披露目となるブックフェアの日。大勢のファンに囲まれたマロセーヌを待ちうける運命とは!?
ミステリーとしては、いい意味で規格外。マロセーヌ一家はじめ、彼らを取り巻く脇役にいたるまでペナックの人物造形の技は冴えわたっている。いわゆるステレオタイプの人間は一人として出てこないのだ。しかもタイトルが示唆するとおり、単なる事件の謎解きにとどまらず、散文=小説についての考察が絡んだ物語にもなっている。キャラクターとストーリーが立体的で、可愛くて、おかしくて軽妙なのに知的。声域の広い読み心地を約束してくれるのだ、このシリーズは。
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