最近の岩波はえらい。中国のガルシア=マルケスとの呼び声も高い莫言の大々々々々傑作『酒国』(未読の方、走れ本屋へ!)を訳してくれたうえ、有名作家の本だってそんなに売れないこのご時勢に、「世界文学のフロンティア」なんていう超マイナーなシリーズまで刊行してくれるんだから。ホントに涙が出るほどえらいぞっ、岩波!(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1997年)
とりあえず、この第三巻『夢のかけら』に名を連ねている作家を見てほしい。ガルシア=マルケスやスタニスワフ・レムといった大御所は別として、日本では翻訳がちらほらとしか出ていない作家ばかりなんである。『若き日の哀しみ』(東京創元社)のダニロ・キシュ、『聖女チェレステ団の悪童』(集英社)のステファノ・ベンニ、『誰がドルンチナを連れ戻したか』(白水社)や『夢宮殿』(東京創元社)のイスマイル・カダレ、『蒼老たる浮雲』や『カッコウが鳴くあの一瞬』(いずれも白水社/河出書房新社)の残雪(ツァン・シュエ)――不勉強なわたしにはそのくらいの既訳本しか思い浮かばない。九六年のノーベル文学賞受賞詩人のヴィスワヴァ・シンボルスカ、ドイツのヴォルフガング・ヒルビッヒ、チェコのボフミル・フラバル、朝鮮系ロシアのアナートリイ・キム、ハンガリーのエステルハージ・ぺーテル、ロシアのアブラム・テルツ――彼らの作品に触れるのは、わたしにとって本書が初めてなのだ。
が、彼らがマイナーであれど小さな巨人であることは一読瞭然。名もない死者の生涯のディテールが記された百科事典の存在を夢想したキシュの『死者の百科事典』にしみじみ胸を打たれ、定刻発車の列車に乗り遅れもはやどこにも行き場を失ってしまった男が経験する不条理を描いたヒルビッヒの『ゆるぎない土地』に不安をかき立てられ、「架空の本の書評」の形式を取ったレムの『一分間』に知的興奮を覚え、現代文学の言葉遊びぶりを揶揄したテルツの『金色のひも』にニヤリとする。時代の予言者たる優れた作家十二人が幻視した夢の短編(かけら)を読めば、まさに文学にはまだまだ開拓の可能性を秘めたフロンティアが存在するということがわかる。これはそんなアンソロジー集なのだ。このシリーズはすでに四冊が刊行されていて、完結は全六巻。すべて読めば、きっと、あなたもいっぱしの文学通。みんなでえらい岩波を応援してあげよう!
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