書評
『エブリシング・イズ・イルミネイテッド』(ソニー・ミュージックソリューションズ)
たまげた。ジョナサン・サフラン・フォアがこの処女作を書いたのが二〇〇〇年、弱冠二十三歳の時だとは……。だって、生まれてたった二十三年しかたってない坊やが獲得できるような“声”じゃないでしょう、これは。いやいや、皆さん、騙されたと思って読んでみるがよろし。絶対たまげるから。でもって、この二十三歳と比べ、うちんとこの新人作家たちときたら……。その幼さ拙さに呆然とさせられるという副作用までオマケでついてくる傑作なのだ。
ストーリー自体はよくあるパターン。二十歳そこそこの、著者と同じ名の青年が自分の家族のルーツを求めて、旧ソ連に属していた一九九九年当時のウクライナ共和国に飛ぶ。ナチス・ドイツから祖父の命を救ってくれた一家の娘を見つけだすために。――とか何とか紹介すると涙なみだの感動作かと思うでしょ? いや、たしかに最後、読者はある謎がもたらす驚きと、その驚きが生む感動に出会います。でも、そこにたどり着く道のりはといえば、笑い一色に彩られているのだ。そこが◎。
で、その笑いの源泉となっているのが、冒頭でも述べた“声”なのね。この小説ちょっと凝った構成になってて、①ウクライナでフォア青年の通訳と案内人役を務める若者アレックスが語るフォアのルーツ探しの旅の報告、②フォアが語る曾々々々々祖母から祖父へと至る一族の物語、③アメリカに憧れるアレックスがフォアに書き綴る手紙。この三つのパートが互いを補佐しあうように交互に並べられているのだ。
ユダヤ人が多く住んでいた片田舎の町トラキムブロドに流れる川で、一七九一年に起きた悲劇。荷馬車が横転したものの、乗っているはずの大人たちの遺体は発見できず、生存者は生まれたばかりの赤ん坊一人だった。赤ん坊は川の名をとってブロドと名づけられ、高利貸しヤンケルの娘として育てられる。このフォアの曾々々々々祖母にあたる女性の人生を皮切りに語られる②のパートは神話的にして寓話的な語り口になっており、これ単独でも日本でなら軽く芥川賞が獲れる水準にあるのだけれど、これを失笑・爆笑・嘲笑さまざまなレベルの笑いを提供してくれる①と③で挟むことで、作品世界が何倍もの厚みを増し、読み手をたまげさせることになるのである。
というのも、アレックスの操る英語がものすごくヘンなのだ。たくさんの“言いまつがい”とたくさんの勘違い。アレックス英語をかくも面白い日本語に訳してくれた訳者に大きな拍手をおくりたくなる、それほど可笑しいんである。そこにもってきて、目が見えないと主張していながら運転手を務め、ユダヤ人嫌いを隠そうとしないアレックスの祖父と、自分の尾を血が出るほど咬んだり、犬嫌いのフォアに求愛行動を繰り返す雌の盲導犬サミー・デイヴィス・ジュニア・ジュニアまで加わって、笑いが途絶えることがない。極上のナンセンス・コメディになっているのだ。
何世代もの昔の出来事が語られる中明らかになっていく、フォア一族にまつわるいくつかの謎。アレックスの祖父が隠し続けている秘密。それらが少しずつ明らかになり、封印されていた過去が解き明かされる時、これまでの笑いが一転何とも切ない哀しみを運んでくる。この語りの仕掛けの見事さ! こんな凄い新人が出てくるアメリカが、わたしはひどく羨ましい。
【この書評が収録されている書籍】
ストーリー自体はよくあるパターン。二十歳そこそこの、著者と同じ名の青年が自分の家族のルーツを求めて、旧ソ連に属していた一九九九年当時のウクライナ共和国に飛ぶ。ナチス・ドイツから祖父の命を救ってくれた一家の娘を見つけだすために。――とか何とか紹介すると涙なみだの感動作かと思うでしょ? いや、たしかに最後、読者はある謎がもたらす驚きと、その驚きが生む感動に出会います。でも、そこにたどり着く道のりはといえば、笑い一色に彩られているのだ。そこが◎。
で、その笑いの源泉となっているのが、冒頭でも述べた“声”なのね。この小説ちょっと凝った構成になってて、①ウクライナでフォア青年の通訳と案内人役を務める若者アレックスが語るフォアのルーツ探しの旅の報告、②フォアが語る曾々々々々祖母から祖父へと至る一族の物語、③アメリカに憧れるアレックスがフォアに書き綴る手紙。この三つのパートが互いを補佐しあうように交互に並べられているのだ。
ユダヤ人が多く住んでいた片田舎の町トラキムブロドに流れる川で、一七九一年に起きた悲劇。荷馬車が横転したものの、乗っているはずの大人たちの遺体は発見できず、生存者は生まれたばかりの赤ん坊一人だった。赤ん坊は川の名をとってブロドと名づけられ、高利貸しヤンケルの娘として育てられる。このフォアの曾々々々々祖母にあたる女性の人生を皮切りに語られる②のパートは神話的にして寓話的な語り口になっており、これ単独でも日本でなら軽く芥川賞が獲れる水準にあるのだけれど、これを失笑・爆笑・嘲笑さまざまなレベルの笑いを提供してくれる①と③で挟むことで、作品世界が何倍もの厚みを増し、読み手をたまげさせることになるのである。
というのも、アレックスの操る英語がものすごくヘンなのだ。たくさんの“言いまつがい”とたくさんの勘違い。アレックス英語をかくも面白い日本語に訳してくれた訳者に大きな拍手をおくりたくなる、それほど可笑しいんである。そこにもってきて、目が見えないと主張していながら運転手を務め、ユダヤ人嫌いを隠そうとしないアレックスの祖父と、自分の尾を血が出るほど咬んだり、犬嫌いのフォアに求愛行動を繰り返す雌の盲導犬サミー・デイヴィス・ジュニア・ジュニアまで加わって、笑いが途絶えることがない。極上のナンセンス・コメディになっているのだ。
何世代もの昔の出来事が語られる中明らかになっていく、フォア一族にまつわるいくつかの謎。アレックスの祖父が隠し続けている秘密。それらが少しずつ明らかになり、封印されていた過去が解き明かされる時、これまでの笑いが一転何とも切ない哀しみを運んでくる。この語りの仕掛けの見事さ! こんな凄い新人が出てくるアメリカが、わたしはひどく羨ましい。
【この書評が収録されている書籍】
初出メディア

Invitation(終刊) 2005年3月号
ALL REVIEWSをフォローする


































