書評

『エブリシング・イズ・イルミネイテッド』(ソニー・ミュージックソリューションズ)

  • 2025/06/05
エブリシング・イズ・イルミネイテッド / ジョナサン・サフラン・フォア
エブリシング・イズ・イルミネイテッド
  • 著者:ジョナサン・サフラン・フォア
  • 翻訳:近藤 隆文
  • 出版社:ソニー・ミュージックソリューションズ
  • 装丁:単行本(406ページ)
  • 発売日:2004-12-01
  • ISBN-10:4789724131
  • ISBN-13:978-4789724135
内容紹介:
冒頭から結末までの語り口が異彩を放つ。ジョナサンの思いは、お供であったアレックスに送る、旅での経験を小説仕立てにした文書となり言葉にされ、物語の語りの一角を占める。一方のアレック… もっと読む
冒頭から結末までの語り口が異彩を放つ。ジョナサンの思いは、お供であったアレックスに送る、旅での経験を小説仕立てにした文書となり言葉にされ、物語の語りの一角を占める。一方のアレックスの語りは、ジョナサンへの返信としての手紙と、独自の観察眼による手記というふたつの形式が用いられている。ことにアレックスの語りには、誤った語法や言葉遣いで演出される独特のおかしさがともなう。しかし、そうしたムードが漂っているからこそ、祖父の過去に触れる場面など、シリアスな部分の哀れみが助長される。「ユーモアだけが、悲しい話を真実として伝えられる」といった件が小説の中で出てくるが、アレックスの語りこそが、それをなぞるもののように思えてくる。十八世紀から第二次大戦時、さらには現代と、時代の壁をいとも簡単に超えてしまう巧みに構成された小説スタイルは、謎が謎を呼ぶ神秘性を帯びた物語を生み、ひとたび読み始めたら、その人間の心をつかんで放さない魅力を持つ。ガーディアン新人賞受賞。
たまげた。ジョナサン・サフラン・フォアがこの処女作を書いたのが二〇〇〇年、弱冠二十三歳の時だとは……。だって、生まれてたった二十三年しかたってない坊やが獲得できるような“声”じゃないでしょう、これは。いやいや、皆さん、騙されたと思って読んでみるがよろし。絶対たまげるから。でもって、この二十三歳と比べ、うちんとこの新人作家たちときたら……。その幼さ拙さに呆然とさせられるという副作用までオマケでついてくる傑作なのだ。

ストーリー自体はよくあるパターン。二十歳そこそこの、著者と同じ名の青年が自分の家族のルーツを求めて、旧ソ連に属していた一九九九年当時のウクライナ共和国に飛ぶ。ナチス・ドイツから祖父の命を救ってくれた一家の娘を見つけだすために。――とか何とか紹介すると涙なみだの感動作かと思うでしょ? いや、たしかに最後、読者はある謎がもたらす驚きと、その驚きが生む感動に出会います。でも、そこにたどり着く道のりはといえば、笑い一色に彩られているのだ。そこが◎。

で、その笑いの源泉となっているのが、冒頭でも述べた“声”なのね。この小説ちょっと凝った構成になってて、①ウクライナでフォア青年の通訳と案内人役を務める若者アレックスが語るフォアのルーツ探しの旅の報告、②フォアが語る曾々々々々祖母から祖父へと至る一族の物語、③アメリカに憧れるアレックスがフォアに書き綴る手紙。この三つのパートが互いを補佐しあうように交互に並べられているのだ。

ユダヤ人が多く住んでいた片田舎の町トラキムブロドに流れる川で、一七九一年に起きた悲劇。荷馬車が横転したものの、乗っているはずの大人たちの遺体は発見できず、生存者は生まれたばかりの赤ん坊一人だった。赤ん坊は川の名をとってブロドと名づけられ、高利貸しヤンケルの娘として育てられる。このフォアの曾々々々々祖母にあたる女性の人生を皮切りに語られる②のパートは神話的にして寓話的な語り口になっており、これ単独でも日本でなら軽く芥川賞が獲れる水準にあるのだけれど、これを失笑・爆笑・嘲笑さまざまなレベルの笑いを提供してくれる①と③で挟むことで、作品世界が何倍もの厚みを増し、読み手をたまげさせることになるのである。

というのも、アレックスの操る英語がものすごくヘンなのだ。たくさんの“言いまつがい”とたくさんの勘違い。アレックス英語をかくも面白い日本語に訳してくれた訳者に大きな拍手をおくりたくなる、それほど可笑しいんである。そこにもってきて、目が見えないと主張していながら運転手を務め、ユダヤ人嫌いを隠そうとしないアレックスの祖父と、自分の尾を血が出るほど咬んだり、犬嫌いのフォアに求愛行動を繰り返す雌の盲導犬サミー・デイヴィス・ジュニア・ジュニアまで加わって、笑いが途絶えることがない。極上のナンセンス・コメディになっているのだ。

何世代もの昔の出来事が語られる中明らかになっていく、フォア一族にまつわるいくつかの謎。アレックスの祖父が隠し続けている秘密。それらが少しずつ明らかになり、封印されていた過去が解き明かされる時、これまでの笑いが一転何とも切ない哀しみを運んでくる。この語りの仕掛けの見事さ! こんな凄い新人が出てくるアメリカが、わたしはひどく羨ましい。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

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エブリシング・イズ・イルミネイテッド / ジョナサン・サフラン・フォア
エブリシング・イズ・イルミネイテッド
  • 著者:ジョナサン・サフラン・フォア
  • 翻訳:近藤 隆文
  • 出版社:ソニー・ミュージックソリューションズ
  • 装丁:単行本(406ページ)
  • 発売日:2004-12-01
  • ISBN-10:4789724131
  • ISBN-13:978-4789724135
内容紹介:
冒頭から結末までの語り口が異彩を放つ。ジョナサンの思いは、お供であったアレックスに送る、旅での経験を小説仕立てにした文書となり言葉にされ、物語の語りの一角を占める。一方のアレック… もっと読む
冒頭から結末までの語り口が異彩を放つ。ジョナサンの思いは、お供であったアレックスに送る、旅での経験を小説仕立てにした文書となり言葉にされ、物語の語りの一角を占める。一方のアレックスの語りは、ジョナサンへの返信としての手紙と、独自の観察眼による手記というふたつの形式が用いられている。ことにアレックスの語りには、誤った語法や言葉遣いで演出される独特のおかしさがともなう。しかし、そうしたムードが漂っているからこそ、祖父の過去に触れる場面など、シリアスな部分の哀れみが助長される。「ユーモアだけが、悲しい話を真実として伝えられる」といった件が小説の中で出てくるが、アレックスの語りこそが、それをなぞるもののように思えてくる。十八世紀から第二次大戦時、さらには現代と、時代の壁をいとも簡単に超えてしまう巧みに構成された小説スタイルは、謎が謎を呼ぶ神秘性を帯びた物語を生み、ひとたび読み始めたら、その人間の心をつかんで放さない魅力を持つ。ガーディアン新人賞受賞。

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初出メディア

Invitation(終刊)

Invitation(終刊) 2005年3月号

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