後書き

『そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド』(アスペクト)

  • 2025/10/23
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★
「そんなに読んで、どうするの?」

電車に乗った後で読むものを持っていないことに気づくとにわかに不安になる――その程度の活字中毒者なら、これまでの人生の中で親や友達や恋人からそう訊ねられたことが一度や二度はあるはずです。

しかし、わたし自身、その質問にこれまでまともに答えたことがなかったように思います。へらへら笑いながら「えー、どうもしないよー」と妙に逃げ腰。そうした、ふいの、しかし、意外に核心を突いているのかもしれない質問に答える用意がなかったわけです。

じゃあ、質問を変えてみましょうか。

「なんで、そんなに読むの?」

これなら答えるのは簡単です。

「面白いから」

わたしの場合、初めて読んだ絵本以外の活字中心の本は、九歳年上の姉が持っていた『グリム童話全集』でした。どこの出版社から出ていたのか今となっては確かめようもありませんが、黄土色をした布製の装幀のざらっとした手触りと、読んでいる最中の凄まじい没入感は今も思い出すことができます。その幸福な出会いが、わたしを今に至らしめているのだと思います。で、三つ子の魂百までと云いますが、その時読んだグリム童話で味わったセンス・オブ・ワンダーと恐怖と笑いが、今もわたしの読書傾向に深い影響を与えているのだから、やはり原体験というのはバカにできません。

「面白いから」読むのです。すべての本好きの出発点はそこなんではないでしょうか。本を読んで物知りになりたい、インテリだと思われたい。そんな動機から本を読む人がいるとは、わたしにはとても思えません。本を読んでいるうちに漢字がよく読めるようになったり、多少知識が豊富になったりしたとしても、それは結果にすぎない。本を読むという過程は、読書する者にとって快楽なんです。楽しいから読むんです。面白くなかったら、一体誰が本を読むというのでしょうか、ディズニーランドや旭山動物園や香嵐渓スネークセンターみたいな娯楽スポットが多々あるこの時代に。

ただ、こうも思うのです。「面白い!」を出発点に始まった読書人生だけれど、小説には「面白い!」以外にも美点があるなあ、と。“わたし”なんて、すごくちっぽけな存在じゃないですか。自分一人で何か考えようとすると、たちまち自分サイズの檻(おり)にはまって視野狭窄になりがち。しかも遍在することが不可能だから、自分がいる今・此処(ここ)で起きていることしか知覚できない。で、そんなちっぽけな存在のくせして、「オレが」「あたしが」と自分のことばかり考えてる。そんな何かと窮屈な“わたし”が、でも、本を読んでいる時だけは自分の檻から解き放たれるんです。自分じゃない誰かに心を寄り添わせたり、此処じゃない何処かを主人公と一緒に旅したり、とてつもない幸福と冗談のきかない不幸を味わったりする。想像力によって、わたしがわたしのくびきから放たれ、自分ではない誰かや、此処ではない何処かに共感という輪を広げていく。それが読書の醍醐味ではないでしょうか。

九・一一の後、世界が相互不信に陥ってると、わたしには思えます。無・理解じゃなくて非・理解。以前、アメリカ軍によるイラク攻撃のさなか、取材やボランティア活動をしていた三人の男女が武装ゲリラに監禁され、幸いにも解放されたという事件がありましたけど、わたしはあの時、高橋源一郎さんが朝日新聞に寄せた論考に激しくうなずいたものでした。小泉首相も多くの国民も「迷惑をかけるな」と批判したわけですが、国が自国民を守るのは当たり前なんじゃないですか? そのために税金払ってるんじゃないの? 「迷惑」っていうけど、少なくともわたしはあの三人に迷惑かけられてません。彼らを救出することが「迷惑」なんですか? そんな「迷惑」ならいくらだってかけてほしいですよ。空爆で家や肉親を失ったイラクの人たちの映像をお茶の間で見て「かわいそー」なんて、実は想像力のかけらも使ってない安易な同情を寄せるだけの“わたし”が、現地でその真実を取材しよう、困っている人の助けになろうと奔走し、結果、不可抗力で武装ゲリラに囚われてしまった彼らのことを、どうしてののしることができるのか。

人間を非・理解の不幸なループから救うのは、想像力です。そして本を読むという行為は、想像力を培うのにもっとも有効な手だてなのです。

「そんなに読んで、どうするの?」

今度訊かれたら、こう答えたいと思います。

「想像力っていう、強いチカラを身につけんの」

この本が、此処ではない何処かにいる、自分ではない誰かに届いて、一人でも小説を好きになってくれる人が増えたら、それにまさる歓びはありません。

最後に――。とてつもなくステキな装幀をくださったミルキィ・イソベさん、信頼印の校正者・澁谷慎一さん、とても面倒な調べものを手伝ってくださった石井千湖さん、なまけもののわたしの尻を叩いてとりとめのない原稿を一冊の本に仕上げてくださったアスペクトの塚田眞周博さんに、最大級の謝意を捧げます。ありがとうございました!

二〇〇五年十一月

豊﨑由美

【この後書きが収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

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