書評

『博士の異常な健康』(アスペクト)

  • 2017/07/11
博士の異常な健康 / 水道橋博士
博士の異常な健康
  • 著者:水道橋博士
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(305ページ)
  • 発売日:2006-03-20
  • ISBN:4757212488
内容紹介:
博士の頭に髪の毛が生えてきた!稀代の健康マニア=水道橋博士(浅草キッド)が贈る、前代未聞の「異常」な健康読本。

レトリカルで科学的な「お笑い」

三島由紀夫はかつて、内田百閒を論じた文章で、「泣かせる」「笑わせる」「怖がらせる」のうち、一番簡単なのが「泣かせる」、難易度が最も高いのが「怖がらせる」だと断言したが、自身は「笑わせる」を最も苦手とした。三島の小説で、読者が笑えたものはほとんどない。

現代の日本では、「泣かせる」の本が相変わらずベストセラーの上位を占め、「怖がらせる」も意外に健闘しているが、「笑わせる」は完全に品薄状態である。

そうした中にあって、「浅草キッド」の水道橋博士が「健康な肉体は偏執な精神から」という徹底的オタク体験主義から発して、自らの肉体を実験台とし、さまざまな健康グッズと方法にチャレンジした本書は、「笑わせる力」一本で立とうとする珍しい本である。

注目すべきは、その報告内容(育毛装置にシャンプー、近視矯正手術、胎盤エキス、断食(ファスティング)、バイオラバー、加圧式トレーニング)以上に、むしろ文体である。たとえば、第一章「髪の毛が生える秘訣、これでいいのだ!」の「俺とハゲとヅラの歴史」を回顧した次のような文章。

しかし、年齢を重ね、加齢臭を感じる年頃を迎えると同時に、本格的に瀬戸際、もとい生え際が、HAGEに感染し、完全に”全頭”検査の必要な”危険部位”化してしまった

いうまでもなく、BSE(狂牛病)に感染したアメリカ産牛肉輸入問題に引っかけて、「”全頭”検査」「危険部位」という用語の意味を脱臼させ、ハゲかかった自らの頭を描写したものだが、これなど、笑いというものが、一定の時代における意識と用語の共有を前提とするという事実を教えてくれる。狂牛病が話題にならなくなったら、これで笑いを取ることは難しいが、逆に、時事ネタを共有している人(つまりある程度のインテリですね)がいる限り、この手の笑わせレトリックはきわめて有効に働くのである。

それはさておき、「自分の頭が緑化不能の掛布雅之状態になる日も近いことを告げていた」水道橋博士は、テレビ番組で「硬直頭皮化したカツラ業界に革命を起こそう」とした「プロピア」の社長と出会い、画期的なカツラ「ヘアコンタクト」を試着すべく、会社に向かうが、そこで保知宏社長から意外なことを知らされる。頭皮はまだ再生見込みがありそうだから、「シェルタ」という装置を試してみてはと勧められたのである。

この「シェルタ」の描写でも博士得意の笑わせレトリックが連発される。

映画『時計じかけのオレンジ』の洗脳装置か。はたまた『マトリックス』でネットにダイブする時の近未来デバイスか

で、効果はというと、これが抜群。ついでにプロピアが開発したプロテイン入りシャンプーも併用した結果、なんと、博士の「やせ細ったツンドラ地帯」は見事再生を果たし、「俺は我が頭部砂漠における、度重なるカミ実験の結果、最終的な成功を確認し、カミ保有国の仲間入りを世に宣言したのである」。

大笑いしながら、読者もさっそく紹介された健康グッズや方法を試してみたくなるような、科学的な「お笑い」実験精神に満ちた本である。

【この書評が収録されている書籍】
鹿島茂の書評大全 和物篇 / 鹿島 茂
鹿島茂の書評大全 和物篇
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:毎日新聞社
  • 装丁:単行本(329ページ)
  • 発売日:2007-09-01
  • ISBN:4620318272
内容紹介:
100の書評で日本の知をしなやかに描く愛書狂による最強のブックガイド。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

博士の異常な健康 / 水道橋博士
博士の異常な健康
  • 著者:水道橋博士
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(305ページ)
  • 発売日:2006-03-20
  • ISBN:4757212488
内容紹介:
博士の頭に髪の毛が生えてきた!稀代の健康マニア=水道橋博士(浅草キッド)が贈る、前代未聞の「異常」な健康読本。

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初出メディア

東京人

東京人 2006年9月

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