書評

『学校では教えてくれないシェイクスピア』(朝日出版社)

  • 2025/10/27
学校では教えてくれないシェイクスピア / 北村 紗衣
学校では教えてくれないシェイクスピア
  • 著者:北村 紗衣
  • 出版社:朝日出版社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(408ページ)
  • 発売日:2025-09-04
  • ISBN-10:4255013721
  • ISBN-13:978-4255013725
内容紹介:
16世紀末から現代までをタイムトラベル!舞台芸術史研究者で不真面目な批評家・北村紗衣×男子高校生の5日間の講義録。シェイクスピアに興味のなかった高校生たちが、「読むのが面白くなって… もっと読む
16世紀末から現代までをタイムトラベル!
舞台芸術史研究者で不真面目な批評家・北村紗衣×男子高校生の5日間の講義録。

シェイクスピアに興味のなかった高校生たちが、「読むのが面白くなってきました」「シェイクスピアに近づけた気がする」と。そう感じた理由は?

シェイクスピアと友達になれる6つのポイント

1.「無限の多様性」。暴力的な残酷描写や下ネタ満載。悲劇でもギャグやドタバタ満載。面白おかしいところと悲しいところが混在、緩急のメリハリがある作品群。

2.喜劇、悲劇、史劇、問題劇……、意外に多いロマンティック・コメディの恋愛ものなど、作品の全容がわかる!

3.良い人なのか悪人なのかもわからない。みんなシャレが好き。おしゃべりだけれど、観客が本当に知りたい物語の肝は絶対教えてくれない。登場人物たちの魅力と謎。

4.「巨匠」だからっておじけづかなくて大丈夫。シェイクスピアにも遠慮せず突っ込み、とことん楽しもう! 流通、経済効果、帝国主義――周辺をどこまでも探る。

5.シェイクスピアは「今の私たち」のために芝居を書いた! 政治の駆け引き、抑圧と差別、人種、ジェンダー……どの時代の、どの地域の人とも一緒に生きるシェイクスピア!

6.イラスト多数。登場人物が、役者たちや舞台が目に浮かぶ! 16世紀の舞台を、当時の人たちと一緒に見に行っているような気持ちを味わう。

シェイクスピアは、世の中とつながり、楽しいことを見つけ、人生を面白くするための「突破口」です。

【目次】

プロローグ

序幕 授業の前に シェイクスピアを「批判的に楽しむ」授業を男子校でやる理由

第一幕
第一場 生涯 シェイクスピアは学のない劇作家だった?
第二場 作品 暴力的で下ネタ満載。良い人か悪い人かもわからない
インタールード 研究室へようこそ! 参考文献を紹介します

第二幕
第一場 登場人物から作品を知る 十代の男の子が演じた女性登場人物たち
インタールード 調べものにウィキペディアを使うのは是か非か
第二場 英語 リズムの乱れは心の乱れ!
第三場 『ロミオ+ジュリエット』を見る うっかりミスや手違いで、若者たちが非業の死を遂げるのはなぜ?

第三幕
第一場 戯曲は設計図 頭の中に演出家を住まわせてみよう
第二場 舞台 大砲で火事に! 現在とは大違いのステージ

第四幕
第一場 『オセロー』を人種とジェンダーから読む 妻が本当に不倫していたら、オセローは何をするべき?
第二場 映画『O』を見る 舞台は二〇〇〇年頃のアメリカの高校。現代化する時の面白さと難しさ
第三場 批評とは 褒めるのもけなすのも証拠を挙げて
インタールード 三コママンガを描いて、自分の着目点を知ろう

第五幕
第一場 批評の講評 書きたいことを書けない時は
第二場 出版と読者 一冊一〇億円、ファースト・フォリオを探せ!
第三場 観客 シェイクスピアを未来に残していくのは私たちだ

エピローグ

当時から現代をも学べる機会

シェイクスピア演劇の研究者が夏休みの五日間に、男子校二校の生徒たちに向けて「シェイクスピアを批評的に楽しむ」ためのレクチャーとワークショップを行う。

ちなみに、この二校はどちらも進学校である。高二、高三の夏は大学受験の勝敗を決するなどと煽られる時期だが、こうした教養講座に少なからぬ数の受講者が集まっていることを頼もしく思った。

北村紗衣はフェミニスト批評の専門でもあるが、どうして女子校ではなく男子校で講義を行ったのだろう? 北村はその理由の一つとして、中学・高校において女子校の生徒はほぼ必ずジェンダー教育を必ず受けて社会に出るのに対して、男子校ではジェンダーについて学ぶ機会が少ないという現実を指摘する。つまり、自分たちがどれだけ特権的な立場にいるか自覚する機会がより乏しいということだ。

シェイクスピア劇には男性のホモソーシャルな世界が展開する作品が多く、女性の役は登場場面もセリフも男性に比べて圧倒的に少ない。北村によれば、これには劇団の人員の都合もあったのだと言う。英国ルネッサンス演劇の時代は女性が舞台に上がることがタブーとされた。すべての女性の役は十代から二十歳ぐらいの男性が演じたが、そんなに若くして達者な芸を披露できる者は限られていたのだろうと。

さて、こうした男性中心の劇には、いわゆる有害な男性性が蔓延していた。「男らしさにこだわるせいでメンタルヘルスの状況が悪くなる人」が沢山いる。リア王もマクベスもロミオもそれに当たるだろう。こうしたことに気づくためにもシェイクスピアは格好のテキストなのだ。

そんなわけでこの講義の受講者たちは最初に「クレオパトラ」「ヴァイオラ」「アリス」といったシェイクスピア劇の女性人物の名前をくじ引きで割り振られる。

シェイクスピアの生涯、作品解説、登場人物、英語の解説、翻案ものの鑑賞と授業は進んでいき、本書「第二幕」の最後に、ロミオとジュリエットの舞踏会での出会いのシーンを演出する課題が出され、一気に盛りあがる。時代、場所、衣装、そして出会ったふたりが踊る曲も自分たちで決めて演出するのだ。一種のアダプテーションである。優れたアダプテーションを行うには、高度にクリティカルな目で原作を読み解く必要があるだろう。

「シェイクスピアのお芝居は現代の我々のために書かれている」という言葉を北村は紹介する。劇作は“新訳”(新演出)されることで常に生まれ変わり普遍のものになるということだ。

平安時代のロミジュリも誕生する。美しい純愛劇に収斂しないようあえて「ノイズ」を取り入れ異化効果を演出する班もある。

議論が白熱するのは、現在のウクライナ侵攻を導入する演出プランが出たときだ。その生徒は自分たちがそれを題材にするのは「無責任」ではないかと疑問を提起する。つまり、フィクション創作の当事者性とその正当性を問うているのだ。なら、ロシアのチャイコフスキーの曲を使うのは不当か? これに北村はどう答えるか?

読み終えてこれは、批評とはなにかを追究する五日間でもあったことを強く実感した。
学校では教えてくれないシェイクスピア / 北村 紗衣
学校では教えてくれないシェイクスピア
  • 著者:北村 紗衣
  • 出版社:朝日出版社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(408ページ)
  • 発売日:2025-09-04
  • ISBN-10:4255013721
  • ISBN-13:978-4255013725
内容紹介:
16世紀末から現代までをタイムトラベル!舞台芸術史研究者で不真面目な批評家・北村紗衣×男子高校生の5日間の講義録。シェイクスピアに興味のなかった高校生たちが、「読むのが面白くなって… もっと読む
16世紀末から現代までをタイムトラベル!
舞台芸術史研究者で不真面目な批評家・北村紗衣×男子高校生の5日間の講義録。

シェイクスピアに興味のなかった高校生たちが、「読むのが面白くなってきました」「シェイクスピアに近づけた気がする」と。そう感じた理由は?

シェイクスピアと友達になれる6つのポイント

1.「無限の多様性」。暴力的な残酷描写や下ネタ満載。悲劇でもギャグやドタバタ満載。面白おかしいところと悲しいところが混在、緩急のメリハリがある作品群。

2.喜劇、悲劇、史劇、問題劇……、意外に多いロマンティック・コメディの恋愛ものなど、作品の全容がわかる!

3.良い人なのか悪人なのかもわからない。みんなシャレが好き。おしゃべりだけれど、観客が本当に知りたい物語の肝は絶対教えてくれない。登場人物たちの魅力と謎。

4.「巨匠」だからっておじけづかなくて大丈夫。シェイクスピアにも遠慮せず突っ込み、とことん楽しもう! 流通、経済効果、帝国主義――周辺をどこまでも探る。

5.シェイクスピアは「今の私たち」のために芝居を書いた! 政治の駆け引き、抑圧と差別、人種、ジェンダー……どの時代の、どの地域の人とも一緒に生きるシェイクスピア!

6.イラスト多数。登場人物が、役者たちや舞台が目に浮かぶ! 16世紀の舞台を、当時の人たちと一緒に見に行っているような気持ちを味わう。

シェイクスピアは、世の中とつながり、楽しいことを見つけ、人生を面白くするための「突破口」です。

【目次】

プロローグ

序幕 授業の前に シェイクスピアを「批判的に楽しむ」授業を男子校でやる理由

第一幕
第一場 生涯 シェイクスピアは学のない劇作家だった?
第二場 作品 暴力的で下ネタ満載。良い人か悪い人かもわからない
インタールード 研究室へようこそ! 参考文献を紹介します

第二幕
第一場 登場人物から作品を知る 十代の男の子が演じた女性登場人物たち
インタールード 調べものにウィキペディアを使うのは是か非か
第二場 英語 リズムの乱れは心の乱れ!
第三場 『ロミオ+ジュリエット』を見る うっかりミスや手違いで、若者たちが非業の死を遂げるのはなぜ?

第三幕
第一場 戯曲は設計図 頭の中に演出家を住まわせてみよう
第二場 舞台 大砲で火事に! 現在とは大違いのステージ

第四幕
第一場 『オセロー』を人種とジェンダーから読む 妻が本当に不倫していたら、オセローは何をするべき?
第二場 映画『O』を見る 舞台は二〇〇〇年頃のアメリカの高校。現代化する時の面白さと難しさ
第三場 批評とは 褒めるのもけなすのも証拠を挙げて
インタールード 三コママンガを描いて、自分の着目点を知ろう

第五幕
第一場 批評の講評 書きたいことを書けない時は
第二場 出版と読者 一冊一〇億円、ファースト・フォリオを探せ!
第三場 観客 シェイクスピアを未来に残していくのは私たちだ

エピローグ

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2025年10月18日

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