書評

『謎ときエドガー・アラン・ポー:知られざる未解決殺人事件』(新潮社)

  • 2025/05/28
謎ときエドガー・アラン・ポー:知られざる未解決殺人事件 / 竹内 康浩
謎ときエドガー・アラン・ポー:知られざる未解決殺人事件
  • 著者:竹内 康浩
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(240ページ)
  • 発売日:2025-02-19
  • ISBN-10:4106039230
  • ISBN-13:978-4106039232
内容紹介:
2世紀もの間、誰も気づかなかった殺人事件が今、解決する!米文学史に名を刻む天才作家にして「推理小説の始祖」ポーは、なぜある時から突然、推理小説を書くのをやめたのか?世界最高峰のミス… もっと読む
2世紀もの間、誰も気づかなかった殺人事件が今、解決する!米文学史に名を刻む天才作家にして「推理小説の始祖」ポーは、なぜある時から突然、推理小説を書くのをやめたのか?世界最高峰のミステリ賞(エドガー賞)(評論・評伝部門)で日本人初の最終候補、『謎ときサリンジャー』で小林秀雄賞受賞の稀代の(文学探偵)による「世紀の発見」とは。作家解釈をも揺るがす震撼の論考。

目次
序章―「犯人はお前だ」全文訳
第一章 挑発
第二章 矛盾
第三章 未解決殺人事件
第四章 鏡像
第五章 もう一つの完全犯罪
第六章 デュパンの誕生
第七章 アナリシスとアナロジー
第八章 謎のカギをひねり戻す

読者も騙す巧緻に仕組んだ挑戦

著者三冊目の謎とき本だ。小説には、読者から見ると作者が書いたと思ったことが書かれておらず、作者が書いたはずのないことが書かれている――そういうことがあるのだと実感させられたのが『謎ときサリンジャー』だった。

著者が今回挑むのは、ポーの五編の推理小説のなかでも最も奇妙とも言える「犯人はお前だ」の謎である。本職の探偵が出てこない本作は筆致がコミカルで、シャトー・マルゴーの木箱から死体が飛びだすなどのこけおどし的トリックもあり、ミステリのパロディと捉えられることさえある。

あるとき町の金持ちが行方不明になり、乗っていた馬だけが手負いで帰ってくる。金持ちには放蕩(ほうとう)者の甥(おい)ペニフェザーがおり、状況と物的証拠から伯父殺害の犯人とされる。探偵役となったのは被害者の親友の人格者グッドフェローである。

ところが事件解決と思いきや、今度は語り手が探偵役になり、このグッドフェローこそが真犯人だと暴くのである。「犯人はお前だ!」と死体に指示(さししめ)された彼は真相を吐露し、その場で絶命。甥は財産を相続して幸せに暮らしましたとさ――。

しかし竹内いわく、これはポーが巧緻に仕組んだ「未解決殺人事件」であり、ポーからの挑戦なのだと。真犯人は他にいる。ポーはこの完全犯罪によって作中の村人だけでなく、読者をも騙(だま)したのだ(この先ネタばらしあり)。

なんと、真犯人は語り手とペニフェザーだと言う。この推理の手がかりとなったのは、二箇所に出てくるinとoutという小さな対句だ。ここから竹内は語り手とオイディプス王の平行性を看破していく。オイディプス王もまた「犯人はお前だ」と名指された人なのである。

「マリー・ロジェの謎」「盗まれた手紙」「モルグ街の殺人」などの分析も取り入れながら、この名のない語り手とグッドフェローが鏡像関係にあることや、「アンフェアな語り」の意図が鮮やかに解きほぐされる。さらにはポーの「のこぎり山奇談」「ウィリアム・ウィルソン」や「アッシャー家の崩壊」といった他作品の死の“真相”までが明らかになる。なんというスリルと快感だろう。

小説の語りの歴史に鑑みると、「犯人はお前だ」の超越的な文体トリックが見えてきそうだ。近代的リアリズムの発達過程のなかで、物語内容と関係を持たない語り手は隠され、擬装され、消されてきた。近代的語り手は実体のない客観的視点になるか(非劇化型)、物語内のキャラクターになるか(劇化型)である。

「お前が犯人だ」のナラティヴは十九世紀半ばだからこそ成立したのではないか。この語り手は何の立場表明もなく語り続けることができ、なぜか重要人物たちの会話を耳にしながら、そこに居合わせた理由は説明せず、そのうち三人称客観文体のように「私」の存在感を消したかと思うと、一人の登場人物として謎ときをしたりする。なんと融通無碍(むげ)な! ポーの高度な文体的目眩(めくらま)しが自然に受け入れられたのは、ナラティヴが過渡期にあったからではないか。

自在に前景化と後景化を繰り返す、稀代(きたい)の“信用できない語り手”。竹内の書を読めば、本作が戦略家ポーの最高傑作であることに気づかされるのだ!
謎ときエドガー・アラン・ポー:知られざる未解決殺人事件 / 竹内 康浩
謎ときエドガー・アラン・ポー:知られざる未解決殺人事件
  • 著者:竹内 康浩
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(240ページ)
  • 発売日:2025-02-19
  • ISBN-10:4106039230
  • ISBN-13:978-4106039232
内容紹介:
2世紀もの間、誰も気づかなかった殺人事件が今、解決する!米文学史に名を刻む天才作家にして「推理小説の始祖」ポーは、なぜある時から突然、推理小説を書くのをやめたのか?世界最高峰のミス… もっと読む
2世紀もの間、誰も気づかなかった殺人事件が今、解決する!米文学史に名を刻む天才作家にして「推理小説の始祖」ポーは、なぜある時から突然、推理小説を書くのをやめたのか?世界最高峰のミステリ賞(エドガー賞)(評論・評伝部門)で日本人初の最終候補、『謎ときサリンジャー』で小林秀雄賞受賞の稀代の(文学探偵)による「世紀の発見」とは。作家解釈をも揺るがす震撼の論考。

目次
序章―「犯人はお前だ」全文訳
第一章 挑発
第二章 矛盾
第三章 未解決殺人事件
第四章 鏡像
第五章 もう一つの完全犯罪
第六章 デュパンの誕生
第七章 アナリシスとアナロジー
第八章 謎のカギをひねり戻す

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2025年4月5日

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