書評

『うそコンシェルジュ』(新潮社)

  • 2025/01/03
うそコンシェルジュ / 津村 記久子
うそコンシェルジュ
  • 著者:津村 記久子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2024-10-30
  • ISBN-10:4103319844
  • ISBN-13:978-4103319849
内容紹介:
それで誰かを助けられるなら、うそぐらいつく。大学のサークルを抜けたい姪のため、うその辞める理由を考えてあげたことをきっかけに、「うそ請負人」と頼みにされるようになった女性の困惑。会社の自転車置き場で、人間関係へのストレス発散のために同僚がとっていた思いがけない行動。日常の困ったことどもをやり過ごし、目の前の「今」を生き延びるための物語11篇。

生を写すリアリズムの虚構11篇

些細に見えて人を深く傷つけたり不快にさせたりする行為に明確な名称が与えられるようになった。ハラスメントは細かく分類され、他にも、マウンティング、マンスプレイニング、マイクロアグレッション、上から目線(この日本語の言い回しはcondescendingという英単語に初めてぴったりくる訳語を与えた)などなど。

とはいえ、あらゆるオフェンシヴな行為を専門用語で説明できるわけではないし、説明したとしても、日々霧雨のように降ってくる細い矢は避けきれない。そうした小さな深傷というべきものを書かせたら、津村記久子は人後に落ちない作家だ。

『うそコンシェルジュ』は痛手と不思議な絆と立ち直りをめぐる十一篇の短篇集だ。

第一篇の「第三の悪癖」には、自分の良からぬ習慣をコントロールするアプリゲームがいきなり登場する。語り手の女性「私」のアバター<kakiage−soba>は、「私」が「やってしまった」と感じてボタンを押すとダメージを負うように出来ている。

こと細かく自らの“悪事”を数値化して可視化するという発想が、まずちょっと怖い。でも、そういう自己管理系のアプリはすでに実在しているのだろう。

今日も「私」のアバターの体力は残り二ポイントだ。「私の」悪癖とは、会社の備品をくすねるという軽罪に肯定を求めてくる旧友麻奈美に対して絶対口にはできない文言を頭の中で並べ、ネガティヴ思考に陥ること。

しかし「私」の本当の痛手は麻奈美に下目に見られていると感じるところにある。「私」が奇妙な連帯感を育む同僚中山さんも母親のことでストレスを抱えており、二人は中山さんが実家から盗んできた母の食器を会社の駐輪場で割ることで、黒い感情を逃がすようになる。

表題作の「うそコンシェルジュ」と「続うそコンシェルジュ」はとくに秀逸だ。善意のうそがつぎつぎと転がりだし、奇想天外な人の輪が出来あがる。

語り手の「私」は本人いわく、「うそつき」ではないが、うそに対して勤勉なため、うそのパフォーマンスが良い。そんな「私」はうその立案と実施を請け負うようになってしまう。例えば、サークルを退会したり飲み会を早退したりするための妥当な言い訳を考え、芝居を演出するのだ。

サークルの友人、先輩にいじられ続けて疲弊している「私」の姪。お祖母さんの資産を守ろうと気をもむ男子学生。自分をばかにしながら近くに置きたがる友人が嫌でたまらない会社員……。語り手は、姪をいじるキラキラ女子たちはなんらかの心の「通気孔」を必要としているのだろうと考える。

痛手を与える側からも書かれているのが、「私」の部長の姪に関するエピソードだ。

姪と部活メンバーは山登りで体調を崩し、これを顧問教師の責任としてリコールを迫る動きが起きる。姪の母の要請は執拗で病的な域に入ってくるが、彼女が心を鎮めたのは意外な対応だった。

人間には心の安全弁と排出口が必要だ。小説という私たちの生を写すリアリズムの虚構はその役割を果たしてきたはずだ。少なくとも本書においては、それが心地よく機能している。
うそコンシェルジュ / 津村 記久子
うそコンシェルジュ
  • 著者:津村 記久子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2024-10-30
  • ISBN-10:4103319844
  • ISBN-13:978-4103319849
内容紹介:
それで誰かを助けられるなら、うそぐらいつく。大学のサークルを抜けたい姪のため、うその辞める理由を考えてあげたことをきっかけに、「うそ請負人」と頼みにされるようになった女性の困惑。会社の自転車置き場で、人間関係へのストレス発散のために同僚がとっていた思いがけない行動。日常の困ったことどもをやり過ごし、目の前の「今」を生き延びるための物語11篇。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年12月7日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
鴻巣 友季子の書評/解説/選評
ページトップへ