書評
『片付けない作家と西の天狗』(河出書房新社)
自分の生活が安穏に感じる
笙野頼子さんの文章を読むと、自分の暮らしがいかに安穏としているかを思い知らされ、妙に尻が落ち着かない感じになる。笙野さんは戦っている。いつも戦っている。都内のマンションを引き払い、猫四匹を連れて千葉のS倉に引っ越した。沼がある。空には飛行機も飛ぶ。河童もいるらしい。高尾山では、意味不明の「五十円食堂」に入ったりする。あるいは猫を介して隣人と諍(いさか)いがある。編集者とのやりとりの中で行き違いもある。論争もあった。
そうしたすべてを避けがたく笙野さんは引き受ける。どうして逃げないのか。逃げようがないのだ。逃げずに物を書くことが仕事だから、逃げられない。そして、男性中心のマッチョな文化状況の中で、圧倒的な存在感を示し続けている。
では、身辺雑記風のエッセイなのかと言えば、まったくそうではない。この連作は立派な小説である。たとえば、「妻は時々男になってしまう。じっと床を見ていて三メートルぽんと飛ぶ。普通の妻よりも随分髭が濃い」。こんなラブリィな文章、やっぱり笙野さんでなくちゃ、書けないのである。
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