姉妹とインコと周辺家族の40年
おかえり、ネネ。この本を手に取ったとき、ぼくは心のなかで呼びかけた。「ただいま」とネネの声が聞こえたような気がした。この小説が本紙に連載されているあいだ、ぼくたち夫婦はネネと暮らしているような気持ちだった。小説で事件が起きるたびに「どうなるんだろう」とふたりで話していた。だから連載が終わったときはネネ・ロス状態。そして、単行本となって再会した。
連載を読んでいなかった人のためにあらためて説明すると、中心となる登場人物は理佐と律の姉妹。姉妹は母と3人で暮らしていたが、母は恋人(婚約者)に夢中。理佐が短大に入学するためのお金を婚約者に渡してしまった。理佐は家を出て独立することにする。母の婚約者に虐待され気味だった律も理佐についていく。理佐18歳、律8歳の春である。
理佐が見つけた就職先は小さな町のそば屋。この店はそば粉を水車小屋の石臼で挽いていて、ヨウムのネネがその監視をしている。ヨウムというのはインコの一種で、人間の3歳児ぐらいの知能を持つ。ものまねも上手だ。理佐の仕事はそば屋の接客とそば粉挽き、そしてネネの相手。
小説の舞台は第1話の1981年から始まって、10年刻みで91年、2001年、11年と進み、エピローグは21年。第1話は理佐の視点で描かれるが、第2話からは律の視点に変わる。
第1話が魅力的だ。18歳の姉が8歳の妹と暮らす。経済的にも精神的にも親の援助は当てにできない。布団を買うところからはじめ、少ないお金をやりくりして冷蔵庫や扇風機など家電を少しずつ揃えていく。
そば屋の店主夫妻をはじめ、画家の杉子さん、律の担任の藤沢先生ら、周囲の大人たちは、姉妹のことをいつも気にかけている。ときに援助もするのだが、それは無理のない範囲でのものであり、押しつけがましくはない。適度な距離感の描き方が気持ちいい。
連載を読んで話は知っているから、単行本を買うまでもないと思う人もいるだろう。だが、あらためて単行本を読んで、思い出したり気づいたりすることも多い。
たとえば、理佐と律は常に援助される側というわけではない。第1話でも理佐は得意の手芸によって町のコーラス会の衣装をつくるなど、できる範囲での援助を行う。そして、不幸な事件によって音楽家としての未来を砕かれた聡が登場する第2話や、母親との関係を含めいろいろ複雑な状況にある中学生の研司が出てくる第3話では、姉妹は援助する側だ。
目の前に困っている人がいたら助ける。誰かに親切にされた人は、きっと自分も他人に親切にするだろう。「親切にされる/親切にする」が、ロンド(輪舞)のようにつながっていく。単行本で行きつ戻りつしながら読むと、そのことがよくわかる。
そして、やはりこの小説の主役はネネだ。ものまねや空を飛ぶ能力を活かして、ここぞというとき大活躍する。また、複数の人間が互いに気詰まりな状況になったとき、ネネがいることによって場の空気が和らぐ。カバーも含め、連載を飾った北澤平祐のイラストがたくさん収録されているのも嬉しい。本棚にこの本があれば、ぼくはいつでもネネに会える。