解説

『文庫 絵で見る明治の東京』(草思社)

  • 2017/09/29
文庫 絵で見る明治の東京  / 穂積 和夫
文庫 絵で見る明治の東京
  • 著者:穂積 和夫
  • 出版社:草思社
  • 装丁:文庫(336ページ)
  • 発売日:2017-10-03
  • ISBN:4794223005
内容紹介:
建築イラストの第一人者が絵と文で再現した明治の東京。築地ホテル館、鹿鳴館、浅草12階、新橋ステーションなど主要建物を網羅。遊び、服装、馬車など風俗も活写。

徹底したダンディズムの中の健全さ

『絵で見る 明治の東京』の絵と文を担当されている穂積和夫氏は、われわれ団塊の世代にとっては、なによりもファッション・イラストレーターとして知られていた。

氏の著作と最初に出会ったのは、一九六四年、中学三年生で、突如オシャレに目覚め、横浜は伊勢佐木町の有隣堂で、氏の処女作『着るか 着られるか』(三一新書、草思社文庫)を初めて自分の金で買い求めたときのことである。気軽なノウハウ本であると思って読み始めたら、これが予想に反して、素晴らしいダンディスムの指南書であった。

まず、前書きに、『着るか 着られるか』というタイトルが「斬るか 斬られるか」というサムライ美学に基づくダンディスムから来ていると書かれているのに驚き、おおいに啓蒙された。

このダンディスムについての「教え」は後に、大学の仏文科に進んでボードレールを読み、ヴァルター・ベンヤミンの『ボードレールにおける第二帝政期のパリ』の読解に挑戦したときに、まるで啓示のように記憶の中から蘇り、次のようなテクストの理解を助けたのである。

ボードレールは、芸術家についてのかれのイメージを、ヒーローについてのイメージに合わせた形づくった。(中略)バレスの主張によると、「ボードレールのどんなささいな単語のなかにも、かれにかくも偉大なものを成就させた労苦の、痕跡が認められる」。レミ・ド・グールモンは、「ボードレールにあってはかれの神経の激動クリーゼのなかにまで、なにか健康なものが保たれている」と、書いている。いちばんうまく語ったのはサンボリストのギュスターヴ・カーンであって、「ボードレールの詩作はきびしい肉体労働そっくりに見えた」と、かれはいう。こういったことの証拠は作品のなかに見いだされる──立ちいった考察にあたいするひとつの隠喩のなかに。

それは剣士という隠喩である。 この隠喩を用いて、戦士的な諸特徴を芸術家のそれとして提示することを、ボードレールは好んだ(『ヴァルター・ベンヤミン著作集6ボードレール 新編増補』川村二郎・野村修/編集解説 晶文社)

少し長めに引用したが、その真意がおわかりいただけただろうか?

すなわち、ボードレールのこの一節を読んだときに、私が穂積氏の「着るか着られるか=斬るか斬られるか」をただちに連想したのは、芸術家や詩人の理想のイメージを剣士の中に見たボードレールの美学と氏が説こうとしていたダンディスムの精神とは基本的に同じであって、そのココロは、バレスとグールモンとカーンが揃って指摘しているように自己抑制であり、自己鍛練であり、彫心鏤骨でありながら意外にも健全な労苦、さらに「価値」を生み出すために費やされた膨大な時間であるということなどが瞬間的に理解できたからである。

それくらい、中学三年生のときに読んだこのダンディスム入門は大きな影響を私に及ぼしていたのである。

ところで、いま、明治の東京の建築物と風俗のイラスト入りの復元本である本書の解説にはそぐわない、個人的思い出から始めたのはしかるべき理由がある。このイントロは穂積氏がこれまでに成してきた仕事と決して無関係ではないのだ。

なぜか?

(次ページに続く)
文庫 絵で見る明治の東京  / 穂積 和夫
文庫 絵で見る明治の東京
  • 著者:穂積 和夫
  • 出版社:草思社
  • 装丁:文庫(336ページ)
  • 発売日:2017-10-03
  • ISBN:4794223005
内容紹介:
建築イラストの第一人者が絵と文で再現した明治の東京。築地ホテル館、鹿鳴館、浅草12階、新橋ステーションなど主要建物を網羅。遊び、服装、馬車など風俗も活写。

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