書評
『近代日本の転機 明治・大正編』(吉川弘文館)
黒船来航からサリン事件まで
人生に転機があるように、国家の歴史にも転機がある。近代日本の歴史を探ってゆくと、様々な局面で転機が訪れていた。それをいかに乗り切ったのか、その機会をうまくものにしなかったためにいかに辛酸をなめることになったのか、こうした問題を考えたのが本書である。「黒船来航」をプロローグにおき、「混迷する日本経済と企業不祥事」をエピローグとして、「小御所会議」に始まって「地下鉄サリン事件」までの六二の転機を扱っている。
転機にしては、少し多すぎはしまいかとも思われるが、政治・経済・外交・社会と多面的に扱っていることや、あまり知られていない転機を発掘しようとしたことなどから、このように多めになったものらしい。
全体は九章に分類され、1封建体制の解体と文明化、2立憲政治の実現、3帝国日本の伸張、4民衆の時代、5国際協調とアジアのナショナリズム、6国際的孤立化の歩み、7戦争の時代、8廃墟からの復興、9経済繁栄とその病理という形で括られていて、近代日本の歴史の流れがわかるような工夫がなされている。
それぞれの項を見てゆくと、「満洲事変の勃発 不拡大方針の挫折 昭和六年九月一八日」という見出しになっており、何やらテレビ番組のようなキャッチフレーズになっているが、本書は原則として専門研究者がその研究を生かして考察を加えたものであり、その点での信頼度は高い。
記述の方針を、国際的な視野に立つ多角的視点、近年の学問の成果・見方を活かす工夫、安易に現代的な価値基準に基づく裁断的な切り捨てを行わないことなどを意図したと、編者は記しており、きちんとしたその叙述は確かに信頼がおける。
幾つか見てゆこう。小風秀雅「陸蒸気が運んだ文明」は、明治五年九月一二日の新橋・横浜間の鉄道の開業式を扱っているが、単に鉄道の開通を文明開化の象徴として扱うだけでなく、鉄道が銀座・横浜を経て日本と文明世界を結ぶルートになったことや、日本の交通の近代化が世界の交通革命と同時進行していたことなどを明らかにしている。視野の広さがうかがえる。
鳥海靖「伊藤博文のヨーロッパ観察と立憲政治調査」は、明治一五年八月二八日のポツダムでのドイツ皇帝との会見をとりあげ、立憲政治の導入は性急な改革であるとする皇帝の忠告に、伊藤がいかに対応して立憲調査を行っていったかを記している。
伊藤がドイツの宰相ビスマルクを評価していなかったことなどを最近発掘された書簡を紹介して指摘するなど、その丁寧な分析と叙述には説得力がある。
総じて編者の方針に沿って、刺激的な文章や評価はなく、研究の内容がよく咀嚼されて記されているが、やはり項目がやや多すぎたように思う。枚数が少なすぎて、もう少し聞きたいと思うようなものがいくつもあった。
たとえば鈴木淳「八幡製鉄所の創業」は、明治三四年一一月一八日の官営製鉄所の発足を扱って、その時の作業開始式の不手際に始まって、発足に関わった長官をはじめとする人々の動きを追うという興味深い内容ではあるが、副題の「近代産業の発展と国際競争力」という点にはあまり触れていないのである。もちろん詳しくは参考論文を読めばよいのだが。
それはさて気軽に読めるだけでなく、内容も全体としてよくできた本として広くお薦めしたい。
【昭和・平成編】
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