書評

『明治の説得王・末松謙澄 言葉で日露戦争を勝利に導いた男』(集英社インターナショナル)

  • 2021/09/18
明治の説得王・末松謙澄 言葉で日露戦争を勝利に導いた男 / 山口 謠司
明治の説得王・末松謙澄 言葉で日露戦争を勝利に導いた男
  • 著者:山口 謠司
  • 出版社:集英社インターナショナル
  • 装丁:新書(256ページ)
  • 発売日:2021-06-07
  • ISBN-10:4797680768
  • ISBN-13:978-4797680768
内容紹介:
黄禍論に立ち向かい日露戦争を勝利に導いた末松謙澄。言葉と文章で日本の近代を作った、知られざる明治の大知識人の足跡を辿る。

棒読み時代 言葉の力を再認識

明治の近代化はよく進取の気性に富み勤勉で倫理的だったからできたと言われるが、肝心な要素の指摘が抜けている。言葉の力である。明治人は「文章は経国の大業」を信じ、知識・学問・芸術を大事にした。和漢洋の言語に明るく、言葉に力のある人物を探して、要路に配置しようとした。実は、明治の底力はここにあった。

末松謙澄(けんちょう)はそんな「文の明治」のチャンピオン。その伝記が出た。本書だ。総理大臣だった伊藤博文。その養子を断った婿は、風采のあがらぬ書生風の男。出身も貴族ではない。北九州の村役人の四男。これが末松だ。ところが、この末松は異常な記憶力をもち、性格は欲なく天真爛漫。筆をとれば、たちまち名文が生まれた。二十歳そこそこで大新聞の主筆に「大文章家たるべき」と予言された。この青年に会って、伊藤はピンときた。そして入れあげた。自邸に招き、ギボン『ローマ史』を与え、政府に入れた。

西南戦争では、この末松が西郷隆盛への「降伏勧告状」を山縣有朋に代わって起草した。名文だと評判になった。喜んだ伊藤は末松にポンドで大金の餞別を与え(堀口修・西川誠『末松子爵家所蔵文書 下』)、英国留学に送り出した。末松は世界初の『源氏物語』の英訳出版をやりつつ、ケンブリッジ大学の入試を見事に突破。大学では、英仏の歴史編纂法を学ぶが、さすが天才だ。同時にギリシャ哲学の本も出版。ローマ法など欧州法制の要点も会得。さらには日本美術史研究の手伝い、日本政府高官への国際情報提供、演劇の調査までやった。

この国では国際化の時代に、超人が出現する。奈良時代の阿倍仲麻呂や吉備真備、明治時代の夏目漱石、南方熊楠だ。留学先で見るもの全てを吸収。物まねを超えた未来を日本にもたらす。末松もそうだ。帰国後は役人のかたわら、歌舞伎などの演劇改良運動をやった。文学博士第一号になって、前総理伊藤博文の娘と結婚。選挙に出されて衆議院議員。法制局長官、逓信大臣、内務大臣もやった。なんとも忙しい人生だ。

実は、大日本帝国憲法の草案もかなり末松が書いたらしい。日清戦争では下関条約の締結文の草案を書いた。大勲位公爵となった伊藤の手柄は便利な婿のおかげもある。末松は言葉で国を救った。日露戦争の時だ。大国ロシアと戦うのに日本は金欠。戦費は外国からの借金。誰かが世界金融の中心ロンドンに常駐し、英語で格調高く説いて、黄色人種を敵視する「黄禍論」をとめる必要があった。でなければ、戦費調達が続かず負ける。末松がこれをやってのけた。まさに大活躍。だが、末松は伊藤が死ぬと、政治から、さっと身を引いた。私財を投じて、維新の歴史編纂に没頭。完成直後、無理がたたったのか、スペイン風邪で世を去った。

いま国民は疫病で命が危うく、自国の「棒読み政治家」を哀しみはじめた。当然だ。棒で読まれる官僚の作文には、心がない。国の復興は経済からではない。きちんとした教養と言葉からだ。中身のない人材を要職にならべても、政治や経済は活きない。命も守れない。国民は疫病でそれを知った。選挙の秋がくる。その候補者は自分で語れるか。言葉に誠意の力が宿っているか。そこを、よく見たい。
明治の説得王・末松謙澄 言葉で日露戦争を勝利に導いた男 / 山口 謠司
明治の説得王・末松謙澄 言葉で日露戦争を勝利に導いた男
  • 著者:山口 謠司
  • 出版社:集英社インターナショナル
  • 装丁:新書(256ページ)
  • 発売日:2021-06-07
  • ISBN-10:4797680768
  • ISBN-13:978-4797680768
内容紹介:
黄禍論に立ち向かい日露戦争を勝利に導いた末松謙澄。言葉と文章で日本の近代を作った、知られざる明治の大知識人の足跡を辿る。

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毎日新聞 2021年8月28日

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