列強の思惑渦巻く戦いの実相
今から百年前に起きた日露戦争は、日本が列強のロシアに戦勝したということから、その後の政治や経済に大きな影響を与えた。日清戦争の勝利、三国干渉を経ての日英同盟の締結によって、列強の一つとして国際的に認知された大日本帝国が、ロシアを相手に戦いを挑み勝利したことで、様々な面で日本人は大きな自信を抱くようになったが、やがてそれは過信となり、戦争に妄信を抱くようになった点でも大きな転換点となった。
それだけにその実態を知る必要は大いにあるのだが、これは日本の立場だけから探っていてもわからない。
本書は、韓国の歴史学の重鎮である著者が、広く史料を博捜して、国際関係史の視点から、日露戦争がいかに起き、どう帰結したのかを探ったものである。
三国干渉により、干渉した当事国がドイツは膠州湾を占領し、ロシアは満州に拠点を占めたのをはじめ、干渉に加わらなかったイギリスも威海衛を租借し、アメリカもフィリッピンを獲得するなど、機に乗じて欧米列強は競って東アジアの地に進出を図ってきた。
そうした状況にあって、ロシアと日本が韓国と満州の利権の保護と拡大を求め、ついに戦端が開かれたのが日露戦争であり、その戦後のポーツマス条約を経て、ついに日本が韓国を併合するにいたるまでの歴史を本書は描いている。
本書の特徴の第一は、列強の思惑や動きが極めて詳しく記されている点である。なかでも日本の対戦国であるロシアと、日本を後押ししたアメリカの動きとが詳細に描かれているのは特筆されよう。
国益を求める外交の動きと国内情勢との内的な関連が生き生きと描かれており、一転二転三転する国際情勢とはこういうものかと思わされた。
アメリカはフィリッピン問題を抱えて当初は日本を後押しはしたが、戦後、満州に利害問題が起きると、日本と対立し、今度は逆に日本がロシアと結ぶなど、次々と対応が変化してゆく。
国際関係史の視点の有効性がよくうかがえ、現在でも同じような動きがあることを知っておかねばならないだろう。
第二は、日露戦争が実は韓国の保護権を争う戦争であったことを特に主張しており、それもあって日本の韓国併合までを扱っているが、その主張が本質をよくいいあてている点である。
これまでは日本が満州の獲得を主目的としたことから帝国主義的と見なされ、韓国の保護を主張する論者の場合は、そうでないと主張することが多かった。しかし著者は韓国保護論そのものが本質であり、帝国主義的であったとする。
日本が韓国を併合するのに最後まで障害になったのはロシアの動きであったことを指摘するとともに、本の最後では「日本の韓国併合は列強がそれぞれ自国の利益のため日本の野望を黙認した帝国主義的侵略実態を見せているのである。そこに、合法性や正当性が存在し得ないのは言をまたない」と結んでいるのが印象的である。
冷静な分析を終始行なってきた著者が、こう語らざるをえなかった心情はよくわかる。そこからは勝者が敗者を踏みにじることの問題点が浮き彫りにされている。日露戦争が決して遠い過去のことではないことを改めて知らされた。
なお本書は韓国との同時出版であり、こうした出版は大いに歓迎されるのだが、出版を急いだせいもあろうか、訳文にはやや問題がある。編集者ももう少し留意すべきであろう。