書評

『聖母の贈り物 (短篇小説の快楽)』(国書刊行会)

  • 2017/07/27
聖母の贈り物  / ウィリアム・トレヴァー
聖母の贈り物
  • 著者:ウィリアム・トレヴァー
  • 翻訳:栩木 伸明
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(408ページ)
  • 発売日:2007-02-01
  • ISBN:4336048169
内容紹介:
普通の人々の人生におとずれる特別な一瞬、運命にあらがえない人々を照らす光-。"孤独を求めなさい"-聖母の言葉を信じてアイルランド全土を彷徨する男を描く表題作をはじめ、ある屋敷をめぐる驚異の年代記「マティルダのイングランド」、恋を失った女がイタリアの教会で出会う奇蹟の物語「雨上がり」など、圧倒的な描写力と抑制された語り口で、運命にあらがえない人々の姿を鮮やかに映し出す珠玉の短篇、全12篇収録。稀代のストーリーテラー、名匠トレヴァーの本邦初のベスト・コレクション。
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」

たくさんの複雑な感情が喚起される十二篇。じっくり味わって

「文学の冒険」「書物の王国」「未来の文学」など、世の小説好きを驚喜させる幾つもの傑作シリーズを放ってきた国書刊行会が、またもやってくれました。「短篇小説の快楽」。その第一弾が、アイルランドの作家ウィリアム・トレヴァーの『聖母の贈り物』なんであります。

アイルランドというと、『ガリバー旅行記』(新潮文庫など)のスウィフト、『ユリシーズ』(集英社文庫)のジョイス、『ゴドーを待ちながら』(白水社)のべケット、『第三の警官』(筑摩書房)のフラン・オブライエンなど、奇想や実験精神が過剰な作家を思い浮かべがちですが、トレヴァーはそうした先人と比べるとリアリズム寄りといえましょうか。人間が生きていく上で否応なく直面させられる、宿命と呼ぶほかない出来事、それが刻印する癒やしようのない傷、宿命の前に立ち尽くすばかりの人間の無力さを描いて、痛切かつ痛烈な読み心地をもたらす作家なのです。

いじめられっ子の意趣返しをアイロニカルな筆致で描いた冒頭の一作「トリッジ」から、男と別れたばかりの女性の傷心旅行を綴った「雨上がり」まで、全十二作が収められたこの短篇集の柱といえる作品は、「アイルランド便り」と連作三部作のスタイルを取っている「マティルダのイングランド」です。前者の舞台は、イングランドから渡ってきた一家によって買い取られた、アイルランドの古い屋敷。住み込みの女性家庭教師のちょっとヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』(新潮文庫など)の雰囲気をまとった日記のパートに、地元生まれの執事の皮肉な観察眼が絶妙に絡む、この物語がかもす絶望感の深さは心胆を寒からしめる域に達しています。また、田園屋敷を舞台に、その地所内の農場で生まれ育った〈わたし〉の第二次世界大戦をはさんでの半生を描いた後者は、ありていの心温まる”家族小説”の定型を、ひよこが卵から孵る時のように、内側から静かに、しかし迷いなく突いて壊してしまう作者の非情な筆致におののかされる傑作です。どちらの作品の背景にも、飢饉や戦争といった個々人の力ではどうしようもない宿命があり、その結果としての諦観や変心や不幸や孤独を淡々とあぶり出して戦慄的なのです。

というように、トレヴァーの人間を見つめる視線には容赦がありません。けれど、絶望を絶望として描きながらも、その眼差しの奥には、残酷な宿命を受け入れるしかない人間の諸相を肯定する励ましという光が見えるように、わたしには思えるのです。単なる感動に物語を落とし込まない分、たくさんの複雑な感情を喚起する十二篇。どうぞ時間をかけて味わって下さい。

【この書評が収録されている書籍】
正直書評。 / 豊崎 由美
正直書評。
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:学習研究社
  • 装丁:単行本(228ページ)
  • 発売日:2008-10-00
  • ISBN:4054038727
内容紹介:
親を質に入れても買って読め!図書館で借りられたら読めばー?ブックオフで100円で売っていても読むべからず?!ベストセラーや名作、人気作家の話題作に、金、銀、鉄、3本の斧が振り下ろされる。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

聖母の贈り物  / ウィリアム・トレヴァー
聖母の贈り物
  • 著者:ウィリアム・トレヴァー
  • 翻訳:栩木 伸明
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(408ページ)
  • 発売日:2007-02-01
  • ISBN:4336048169
内容紹介:
普通の人々の人生におとずれる特別な一瞬、運命にあらがえない人々を照らす光-。"孤独を求めなさい"-聖母の言葉を信じてアイルランド全土を彷徨する男を描く表題作をはじめ、ある屋敷をめぐる驚異の年代記「マティルダのイングランド」、恋を失った女がイタリアの教会で出会う奇蹟の物語「雨上がり」など、圧倒的な描写力と抑制された語り口で、運命にあらがえない人々の姿を鮮やかに映し出す珠玉の短篇、全12篇収録。稀代のストーリーテラー、名匠トレヴァーの本邦初のベスト・コレクション。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2007年3月31日

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

関連記事
豊崎 由美の書評/解説/選評
ページトップへ