書評
『ミドルセックス』(早川書房)
トヨザキ的評価軸:
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
時は一九二二年。貧しい寒村に生まれ、両親を亡くしたデズデモーナは養蚕で生計を立てるかたわら、弟レフティーの嫁探しに奔走している。ところが、ある日、二人は気づいてしまうのだ。自分たちが互いを深く愛していることを。やがて、ギリシャとトルコの戦争で村が壊滅。大火の中、逃げまどう姉弟は艱難辛苦の末、いとこのスーメリナ夫婦を頼りにアメリカはデトロイトへ、夫婦として渡っていく。やがて男児ミルトンが誕生。成長したミルトンはスーメリナの娘テッシーと結婚する。そして十八世紀半ば、〈わたし〉から九代遡ったペネロペ・エヴァンゲラトスに出現した劣性突然変異遺伝子は、一九六〇年、〈わたし〉へと伝えられ――。
可愛い女の子として生まれたのに、だんだん顔つきが男っぽくなっていき、背ばかり伸びていくのに胸はぺちゃんこのままで生理も来ない。女子高に通うようになった〈わたし〉は、自分と他の娘との違いに悩み、ある同級生への熱い想いに苦しむ。このあたりの思春期ならではの苦悩や歓びは、大抵の読者にとって多少は覚えのあることばかりにちがいない。“普通”ではないキャラクターを主人公にしながら、その感情の起伏を誰にでも共感可能な普遍の域で語る作者ユージェニデスの、語り部としての巧みさには感心させられるばかりだ。
カル/カリオペの一人称視点にもかかわらず全登場人物の内面が語られるとか、同一エピソードのしつこいくらいの繰り返しとか、語りには(確信犯的な)反則ぎりぎりのテクニックが駆使されている。その饒舌さがもたらす喚起力豊かな“声”と、巧みなキャラクタライゼーション、二つの性を生きるカル/カリオペをはじめ全篇に仕掛けられている二重性のメタファーによって、コミカルでありながら深みを伴う奥行き深い物語性を獲得。すべての登場人物の心中に分け入り、共感し、その運命に寄り添う。これはそんな書き方をされた小説なのだし、そんな読み方が求められる小説なのだ。そして、わたしはそんな小説がとても好きなのだ。
【この書評が収録されている書籍】
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
すべての登場人物の心中に分け入り、共鳴し、その運命に寄り添おう
この物語の語り手は、カル/カリオペ。第五染色体に起きた劣性突然変異遺伝子の持ち主である彼/彼女は、女児(カリオペ)としてこの世に生を受けたのに、第二次性徴が現れる十四歳の時、男(カル)として生まれ直した半陰陽者だ。そのカル/カリオペが四十一歳になって自らのルーツを語り起こしたという話が、このとても長い、そしてその長大さを支えるだけの面白さを十二分に備えたファミリー・サーガなんである。時は一九二二年。貧しい寒村に生まれ、両親を亡くしたデズデモーナは養蚕で生計を立てるかたわら、弟レフティーの嫁探しに奔走している。ところが、ある日、二人は気づいてしまうのだ。自分たちが互いを深く愛していることを。やがて、ギリシャとトルコの戦争で村が壊滅。大火の中、逃げまどう姉弟は艱難辛苦の末、いとこのスーメリナ夫婦を頼りにアメリカはデトロイトへ、夫婦として渡っていく。やがて男児ミルトンが誕生。成長したミルトンはスーメリナの娘テッシーと結婚する。そして十八世紀半ば、〈わたし〉から九代遡ったペネロペ・エヴァンゲラトスに出現した劣性突然変異遺伝子は、一九六〇年、〈わたし〉へと伝えられ――。
可愛い女の子として生まれたのに、だんだん顔つきが男っぽくなっていき、背ばかり伸びていくのに胸はぺちゃんこのままで生理も来ない。女子高に通うようになった〈わたし〉は、自分と他の娘との違いに悩み、ある同級生への熱い想いに苦しむ。このあたりの思春期ならではの苦悩や歓びは、大抵の読者にとって多少は覚えのあることばかりにちがいない。“普通”ではないキャラクターを主人公にしながら、その感情の起伏を誰にでも共感可能な普遍の域で語る作者ユージェニデスの、語り部としての巧みさには感心させられるばかりだ。
カル/カリオペの一人称視点にもかかわらず全登場人物の内面が語られるとか、同一エピソードのしつこいくらいの繰り返しとか、語りには(確信犯的な)反則ぎりぎりのテクニックが駆使されている。その饒舌さがもたらす喚起力豊かな“声”と、巧みなキャラクタライゼーション、二つの性を生きるカル/カリオペをはじめ全篇に仕掛けられている二重性のメタファーによって、コミカルでありながら深みを伴う奥行き深い物語性を獲得。すべての登場人物の心中に分け入り、共感し、その運命に寄り添う。これはそんな書き方をされた小説なのだし、そんな読み方が求められる小説なのだ。そして、わたしはそんな小説がとても好きなのだ。
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