自著解説

『#卒論修論一口指南』(文学通信)

  • 2022/06/14
#卒論修論一口指南 / 田中草大
#卒論修論一口指南
  • 著者:田中草大
  • 出版社:文学通信
  • 装丁:単行本(210ページ)
  • 発売日:2022-06-07
  • ISBN-10:4909658785
  • ISBN-13:978-4909658784
内容紹介:
論文に対する不安を緩和し、自信を持って論文に取り組むために。
論文執筆の構想、調査、分析・執筆から完成後にいたるまで、
すぐに実行できる&かならず実行しておきたい75のアドバイスを、わ…

卒論を書くと、学生と大学にとってどういうイイことがあるのか?

卒論は学生と大学双方にとって相当面倒なものにしか思えない。なぜ、こんな大変なものに、互いの貴重な時間と労力を割かなければならないのか…。論文執筆のワンポイントアドバイスを発信し続け、それらをまとめた書籍『#卒論修論一口指南』(文学通信)をこのたび刊行した日本語史学者が語る、卒論を書くことの意義とは。
 

はじめに:卒論はlose-lose?

卒論を書くのは、大変です。研究を立案・遂行するのがまず大変ですし、それを文章の形にまとめるのも大変です。時間もかかれば手間もかかります。しかもそんなことをするのは、ほとんどの学生にとって最初で最後の経験なのです。今後もやるならともかく、1回きりのことでなんでそんな苦労をさせられにゃならんのか?

卒論は、教員にとっても大変です。ペーパーテストであれば正答をもとに粛々と採点していけますが、論文は1つ1つ読み込んで評価せねばならないのは当然として、場合によっては内容を検証するために調べ物もしなければなりません(しなければ気が済まない、とも言う)。口頭試問だってすごく時間がかかります。
 
こうして見ると、卒論を課すのは学生と大学双方にとってwin-winどころかlose-loseのように思えてきます。しかしもちろん、卒論を書くとイイこともあります。ここでは次の3つの観点を紹介します。

1. 書くことで「学びの密度」が格段に上がる

ある物事を学ぶための最も良い方法はそれを「教える」ことである――これはモノを教えた経験がある人には大体みな実感のあることでしょう。授業を受けたり本を読んだりして理解したつもりのことでも、いざ人に説明しようとすると自分でも呆れるほど言葉が出てこなかったり、具体的な事柄を把握していなかったりします。言い換えると、人に教えようとするとその過程の中で自分に足りていない知識や理解を自覚し、それを克服していくことになります。

さて論文というのは、自分が調べたことや考えたことを、文章の形で不特定多数の人々に「教える」ものです。これは口頭で教えるよりもっと難しい。なぜなら「これにはAだったかBだったか、とにかく反論があって、それで・・・」といったアヤフヤな説明が許されないためです。

そのため、卒論を書くためには非常に多くのことを調べ、確認し、また考えを整理して、こうしたアヤフヤさを1つ1つ解消していくことが必要になります。ここに、ペーパーテストでは促しにくい濃密な学びが生まれます。

このように、学生の学びを促すのに、卒論を課すというのは非常に有効な方法です。大学に入学してきた人は「学びたい」人だというのが一応のタテマエですから、つまり卒論というのは、大いに学びたい学生とそれに応えたい大学との双方にとってwin-winのものと言えます。

2. 「関心の核」があると世界が色づく

卒論を書くためには、取り組むべき具体的な研究テーマを決めなくてはなりません。そしてこの研究テーマは、実は大学で履修する色々な授業を「美味しく」するスパイスのようなものでもあるのです。

例えば、ここに日本文学科の学生がいるとしましょう。自らの関心に即して学科を選んだとは言え、全ての授業を面白いとはなかなか思えないものです。単位の都合で仕方なく履修した授業もあるでしょう、いやそんな授業の方が多いかも知れません。

ここで利いてくるのが研究テーマです。例えば源氏物語について研究するつもりなら、中世の説話集や近世の和歌についての授業は(自分の研究に関係ないから)関心が持てない――と思いきや、さにあらず。

源氏物語という「関心の核」があると、例えば中世の説話集についての講義を聞いた時に、「このモチーフは源氏にも出て来たな」とか「源氏なら、ここで○○の描写が来るんだろうけど」というように、自分の研究テーマとの共通点と相違点とが、色々な面で浮かび上がってきます。

その浮かび上がってきたモノは、先生から与えられたものではありません。自分が源氏物語という「関心の核」を持っていたからこそ、それと照らし合わせることで獲得されたものです。これは、かなりエキサイティングなことです。

このように、卒論で具体的なテーマに取り組むことは、それ以外の大学の学びにも彩りを与えてくれるのです。

3. 「構成立った文章」を書く経験はその後に活きる

最後は実務的な話。卒論というのは、ただ長いだけではなく、専門的な内容と高度な構造を持つ文章です。だから思うがままに書くだけでは、充分に自分の調査と思考とを伝えることはできません。自分が考えたことをきちんと整理して並べなくてはなりません。また、論旨の前提となる情報(例:先行研究)を適切な方法で提示することも必要です。つまり卒論を書くためには、テクニックとルールを学ぶ必要があるのです。

だから書くのが大変だというわけですが、しかし卒論を通じてこのように構成立った(且つ情報の典拠を厳密に求める)文章を書く経験を持っておくことは、卒業後に携わる業務を筆頭に、その後の言語生活に大いに役立つことと思います。

ところで、では卒論を書くためのテクニックとルールとは具体的にどのようなものなのか? ・・・それについては先ごろ出版された拙著『#卒論修論一口指南』(文学通信刊)をどうぞご参照下さい。

おわりに

以上、卒論を書くとどういうイイことがあるのかという問いに対して3つの答えを提示しました。無論これで全てというわけではないでしょう。こういうイイこともあるぞ!というものがあればぜひぜひお教えいただきたいです。

[書き手]田中草大(たなか・そうた)
大学教員。現在 京都大学文学部講師。専門は日本語の歴史。
主著に『平安時代における変体漢文の研究』(勉誠出版、2019年)。
コロナ禍をきっかけに鳥見が趣味に。好きな鳥はシジュウカラ。
#卒論修論一口指南 / 田中草大
#卒論修論一口指南
  • 著者:田中草大
  • 出版社:文学通信
  • 装丁:単行本(210ページ)
  • 発売日:2022-06-07
  • ISBN-10:4909658785
  • ISBN-13:978-4909658784
内容紹介:
論文に対する不安を緩和し、自信を持って論文に取り組むために。
論文執筆の構想、調査、分析・執筆から完成後にいたるまで、
すぐに実行できる&かならず実行しておきたい75のアドバイスを、わ…

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ALL REVIEWS 2022年6月14日

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