150点以上の資料を収めた、長野栄俊編・岩間理紀・笹方政紀・峰守ひろかず著『予言獣大図鑑』(文学通信)が12月上旬に刊行されました。収録した予言獣資料を蒐集してきた図書館司書・アーキビストである長野栄俊氏に、本書の楽しみ方を語っていただきました。
コロナ禍にふたたび現れたアマビエ
「アマビエ」のことを覚えているだろうか。コロナ禍の始まりとともに一大ブームとなった、あの妖怪のことである。2020年末に新語・流行語大賞にノミネートされるほど、その名と姿は日本の社会に一気に広まった。しかし、これは「新語」ではなく、江戸時代の終わり頃、1846年のかわら版の中ですでに登場していた。
2020年のアマビエは「疫病退散」(えきびょうたいさん)の4文字とともに広まったが、1846年のかわら版では、肥後(熊本県)の海に現れて6年間の諸国豊作(しょこくほうさく)と疫病流行を予言し、自らの姿を写して人々に見せるよう告げていた。
このかわら版のアマビエのように、人々の前に姿を現して、豊作と疫病の流行を予言し、さらには病難を除ける方法を教えてくれる妖怪を、一部の研究者は「予言獣」(よげんじゅう)なる用語で捉え、2000年頃から研究の対象としてきた。
2020年以降、「アマビエとは何者なのか」が取り沙汰されるうち、その仲間としての予言獣も脚光を浴びることになる。各地の新聞や博物館は、ヨゲンノトリやクタベ、アマビコなどの予言獣を取り上げ、資料の新発見も相次いだ。そしてついにはデジタル版の国語辞典までが、予言獣の語を立項したのである。
伝言ゲームのように広がった!?
筆者はかねてより予言獣資料の調査と蒐集に取り組んでいたが、疫禍を機にその数は飛躍的に増加した。そこで、各地に散在する資料を1冊にまとめて公開することを目的に、本書を編むことになった。本書第一部「予言獣資料図鑑」では、江戸後期~明治前期の資料約150点を「双頭烏」(そうとうからす)系・「アマビコ」系など12系統に分類して収載している。図版に加え、くずし字を読解した翻刻とその現代語訳も併載して読者の便宜を図った。
予言獣資料の特徴は、文章と図像がセットになった点である。
妖怪の図像と言えば、「百鬼夜行絵巻」などの絵巻物、鳥山石燕の妖怪図鑑、歌川国芳一門による妖怪浮世絵などが知られる。しかし、本書に収めた予言獣の図像は、それらのどれにも載っていないものである。
また、全国の伝説や伝承、昔話を集めた書籍類にも、予言獣のことを採録したものはない。なぜなら、例えば、肥後でアマビエが出現したとされることは、同地の人々の間では伝承されてこなかったためである。
これは、予言獣の本質がかわら版であるためだと筆者は考えている。つまり、予言獣とは、江戸など都市部に住むかわら版作者が、出現のニュースをでっち上げ、絵入りで販売したものであり、それは出現地とされる場所の人々があずかり知らぬことであった。
かわら版は都市で購読された後、転写によって複製され、各地の町・村・浦に伝播した。転写物が見つかった地域は、越前海岸(福井県)や熊野地方(三重県)、四万十川流域(高知県)などじつに広範囲に及ぶ。
この転写の過程では、写し損じや加筆等が生じる。そのため、まるで伝言ゲームのように、名前や図像が少しずつ異なる予言獣が数多く生まれた。本書が重複を厭わず、似通った資料を全て載せたのは、予言獣の原初形態を探り、伝播過程を捉えるには、細かな差異こそが重要と考えたためである。
このほか、コレラ流行時に予言獣を描いた紙が疫病除けとして家の戸口に張り付けられた事例、予言獣かわら版を販売したことで処罰された際の判決文なども収録した。
このように、予言獣資料は妖怪文化を知るだけでなく、医療やメディアの歴史を研究するうえでも有用な資料になるはずである。
以上が大上段に振りかざしてみた本書の学問的用法である。しかし、本書の用法・楽しみ方はもっとシンプルであってよい。
予言獣の探し方もわかる!
筆者は仕事柄、江戸時代の武士や庶民が書いた文書・記録類を目にする機会が多いが、絵が描かれたものを見かけることはきわめて稀である。ところが、予言獣資料にはほぼ漏れなく、たどたどしい筆致で写し取られた異形の姿が載っている。そのユルさや愛らしさ、摩訶不思議さの妙をぜひ味わってみてほしい。そこには水木しげるにも捕捉されることのなかった、未知の「妖怪」たちの姿を見出すことができるだろう。なお、本書には第二部「予言獣論」として、アマビエブームの諸相を考察した峰守ひろかず著「予言から疫病退散へ」、最初期の予言獣「神社姫・姫魚」系の前史を扱った笹方政紀著「繰り返す人魚の流行」、内田百閒や小松左京の作品で知られる予言獣を分析した笹方著「件(クダン)の予言」、多くの資料を新発見してきた岩間理紀による「「予言獣の探し方」メモランダム」の4本を収めた。コラムも含め、予言獣を深く理解できる構成となっている。
本書が研究のための基礎資料集になると同時に、小説や妖怪画など二次創作のネタ本となれば編者冥利に尽きるというもの。さらに欲を言えば、博物館や文書館、個人宅の蔵から、“ゆるかわ”な新種の予言獣が発見される契機となるなら、それは望外の喜びである。
(じつは刊行後に数件の新資料情報が寄せられている。)
[書き手]長野栄俊(ながの・えいしゅん)
1971年石川県出身。福井県文書館職員(認証アーキビスト。福井県立図書館司書を兼務)。専門は文献史学。公務で古文書整理やデジタルアーカイブ構築に取り組む傍ら、公務外で奇術史や忍者学、妖怪などをテーマに著作・論文を発表。共著に『日本奇術文化史』『近代日本奇術文化史』(東京堂出版)、分担執筆に『忍者学大全』(東京大学出版会)・『妖怪文化研究の最前線』『妖怪文化研究の新時代』(せりか書房)などがある。