書評

『信長徹底解読: ここまでわかった本当の姿』(文学通信)

  • 2020/10/31
信長徹底解読: ここまでわかった本当の姿 /
信長徹底解読: ここまでわかった本当の姿
  • 翻訳:堀 新,井上 泰至
  • 出版社:文学通信
  • 装丁:単行本(397ページ)
  • 発売日:2020-08-05
  • ISBN-10:4909658319
  • ISBN-13:978-4909658319
内容紹介:
信長はいかに記録されてきたのか、彼の姿はフィクションでどのように描かれてきたのか。どこまでが実像で、どこまでが虚像なのか。その若き日々から本能寺の変にいたるまで、居城や天皇・女性… もっと読む
信長はいかに記録されてきたのか、彼の姿はフィクションでどのように描かれてきたのか。どこまでが実像で、どこまでが虚像なのか。その若き日々から本能寺の変にいたるまで、居城や天皇・女性との関わりなど、多岐にわたるトピックを立てて包括的に論じます。
本書は日本の歴史史上もっとも知られた戦国武将に、歴史学と文学の両分野からアプローチし、それぞれ最新の研究動向をふまえ論じ尽くします。
織田信長の虚像と実像を徹底的に暴き、研究の最前線を一冊にまとめた書。
すべての文章にリード文をつけ、難解な用語にはふりがなも施しています。

・桶狭間の戦いは、奇襲ではなく偶然の勝利だった!
・「人間五十年」と信長が舞ったのは、能の「敦盛」ではない!
・「麒麟」の花押に込められた信長のねらいとは何か?
・帰蝶(濃姫)を活躍させた犯人は司馬遼太郎である!
・明智光秀ほど演劇の題材となる武将はいなかった!

これから信長について知りたい人、これまで抱いていた信長像をアップデートしたい人にとって必携の一冊。
執筆は、井上泰至、堀 新、谷口克広、湯浅佳子、土山公仁、丸井貴史、吉田 豊、石塚 修、水野 嶺、菊池庸介、桐野作人、大澤研一、塩谷菊美、金子 拓、柳沢昌紀、天野忠幸、松下 浩、森 暁子、網野可苗、柴辻俊六、福島克彦、原田真澄、竹内洪介。
付録として、本書で取り上げた主な信長関連の諸作品を「信長関連作品目録」「信長関連演劇作品初演年表」として収録。

【社会に流布する信長のイメージがどのようにして形成され、それのどこまでが事実でどこからが虚構であるか、その読み解きを楽しんでいただきたい。・・・近世軍記から近代歴史学・戦後歴史学を経て積み重なった知識や誤解をいったん整理し、ここからまた新たな出発が始まる。もう歴史学・文学それぞれの枠の中だけで議論してはいけない】本書あとがきより

史実と脚色の境を知る

織田信長は有名すぎて、虚実ない交ぜの人物像になっている。若い時分に、異様な装束を着て、父・信秀の葬儀で奇矯な振る舞いをしたが、虚像を膨らませる文学では、敵を欺くための馬鹿のふりとされ、実像を追う史学では、合理的な兵法の一環で「かぶいた」派手好み、とされる。

信長の実像から虚像への展開は、太田牛一の『信長公記』→小瀬甫庵『信長記』→遠山信春『総見記』と、フィクションの度を高めていく。『信長公記』の日記風記録から、だんだん『絵本太閤記』など娯楽性の強い仮名読み物に変化し、信長像に尾ひれがついた。さらに、歌舞伎の演目になり、司馬遼太郎の「国民的歴史文学」が脚色して、正室の帰蝶(濃姫)などを活躍させた。歌舞伎には「几帳」という信長の愛妾(あいしょう)が登場し、本能寺の変で奮戦する。司馬は江戸後期の『絵本太閤記』のままに、信長の正室・帰蝶を本能寺で戦わせ、討ち死にさせるシーンを書いた。司馬作品は史料の多い明治以後の日露戦争を描いた『坂の上の雲』などは史実に寄せてあるが、戦国時代を扱った作品は講談さながらの娯楽文学で、司馬作品で「歴史がわかる」などと思ってはいけない。司馬自身も歴史がわかる戦国物を書く意図はなかったろう。

一方、歴史学は、同時代の一次史料や新史料で、信長の実像をアップデートし続けている。信長の父は晩年、信長の弟・信勝に領国支配権の「分与」をすすめていた形跡がある。熱田社(熱田神宮)の統治権すら弟に与えられていた。この状況を解消するために、信長は弟と抗争し、ついには殺害した。また信長の母は後妻らしい。信長の父は主君の尾張守護代・織田達勝(みちかつ)の娘婿となり、それをテコにのし上がり(『熱田加藤家史』)、ついで主君と抗争して袂(たもと)を分かち(『言継卿(ときつぐきょう)記』)、信長生母・土田御前を継室に迎えたらしい。信長の女性関係は、同時代史料を丁寧にみると、新たな像が浮かぶ。信長の正室は斎藤道三の長女で、帰蝶の方、鷺山殿とよばれた(『美濃国諸旧記』)。文学では夫婦仲は良い。しかし、当時たまたま岐阜に下向していた公家は信長の「夫婦げんか」を日記に記している。信長が正室の義姉から「名物の壺」を取り上げようとし、この姉、正室ら斎藤氏の係累十七人が「壺を奪うなら自害する」と抵抗していた(『言継卿記』)。

また、明智光秀の動向も同時代史料から更新が進んでいる。光秀の妹(もしくは光秀妻の妹)に「ツマキ」という女性がおり、「信長一段のキヨシ」の「近習女房衆」になっていた。勝俣鎮夫(東大名誉教授)は信長一段の「気好(きよ)し」とみて、すぐさま側室と解釈したが、本書も指摘するように早計であろう。信長側近の女房衆、お気に入りの女性秘書ぐらいの解釈でよい。事実、訴訟の窓口など務めている。天正九(1581)年八月、この妹が死んで、光秀は「比類なく力落とす也」とある(『多聞院日記』)。以後、光秀は信長の内部情報を入手できなくなり、光秀・信長間の疑心暗鬼が深まっても仲介が入らず、本能寺の変に至ったのである。

信長をめぐる虚実が、よく整理された本である。大河ドラマ「麒麟がくる」が再開されて視聴する際にも、どこまでが史実か脚色かが気になるときは、本書が参考になるであろう。
信長徹底解読: ここまでわかった本当の姿 /
信長徹底解読: ここまでわかった本当の姿
  • 翻訳:堀 新,井上 泰至
  • 出版社:文学通信
  • 装丁:単行本(397ページ)
  • 発売日:2020-08-05
  • ISBN-10:4909658319
  • ISBN-13:978-4909658319
内容紹介:
信長はいかに記録されてきたのか、彼の姿はフィクションでどのように描かれてきたのか。どこまでが実像で、どこまでが虚像なのか。その若き日々から本能寺の変にいたるまで、居城や天皇・女性… もっと読む
信長はいかに記録されてきたのか、彼の姿はフィクションでどのように描かれてきたのか。どこまでが実像で、どこまでが虚像なのか。その若き日々から本能寺の変にいたるまで、居城や天皇・女性との関わりなど、多岐にわたるトピックを立てて包括的に論じます。
本書は日本の歴史史上もっとも知られた戦国武将に、歴史学と文学の両分野からアプローチし、それぞれ最新の研究動向をふまえ論じ尽くします。
織田信長の虚像と実像を徹底的に暴き、研究の最前線を一冊にまとめた書。
すべての文章にリード文をつけ、難解な用語にはふりがなも施しています。

・桶狭間の戦いは、奇襲ではなく偶然の勝利だった!
・「人間五十年」と信長が舞ったのは、能の「敦盛」ではない!
・「麒麟」の花押に込められた信長のねらいとは何か?
・帰蝶(濃姫)を活躍させた犯人は司馬遼太郎である!
・明智光秀ほど演劇の題材となる武将はいなかった!

これから信長について知りたい人、これまで抱いていた信長像をアップデートしたい人にとって必携の一冊。
執筆は、井上泰至、堀 新、谷口克広、湯浅佳子、土山公仁、丸井貴史、吉田 豊、石塚 修、水野 嶺、菊池庸介、桐野作人、大澤研一、塩谷菊美、金子 拓、柳沢昌紀、天野忠幸、松下 浩、森 暁子、網野可苗、柴辻俊六、福島克彦、原田真澄、竹内洪介。
付録として、本書で取り上げた主な信長関連の諸作品を「信長関連作品目録」「信長関連演劇作品初演年表」として収録。

【社会に流布する信長のイメージがどのようにして形成され、それのどこまでが事実でどこからが虚構であるか、その読み解きを楽しんでいただきたい。・・・近世軍記から近代歴史学・戦後歴史学を経て積み重なった知識や誤解をいったん整理し、ここからまた新たな出発が始まる。もう歴史学・文学それぞれの枠の中だけで議論してはいけない】本書あとがきより

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2020年8月29日

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