書評

『村上春樹研究: サンプリング、翻訳、アダプテーション、批評、研究の世界文学』(文学通信)

  • 2024/06/24
村上春樹研究: サンプリング、翻訳、アダプテーション、批評、研究の世界文学 / 横道 誠
村上春樹研究: サンプリング、翻訳、アダプテーション、批評、研究の世界文学
  • 著者:横道 誠
  • 出版社:文学通信
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2023-09-30
  • ISBN-10:4867660183
  • ISBN-13:978-4867660188
内容紹介:
新しい村上春樹をめぐる文学史のために。旧来の作品研究を大きく乗りこえていくにはどうしたらよいか。本書は村上文学をサンプリング、翻訳、アダプテーション、批評、研究からなる、独特の… もっと読む
新しい村上春樹をめぐる文学史のために。
旧来の作品研究を大きく乗りこえていくにはどうしたらよいか。
本書は村上文学をサンプリング、翻訳、アダプテーション、批評、研究からなる、独特の世界文学的構造体として提示する。

先行する作家との関係性、村上自身の渡独体験や作品の外国語訳・映像化作品、さらには「当事者批評」「健跡学」などの視点を導入することで、どのような風景が見えてくるのか。村上作品を取りまく文学的諸現象のポリフォニーは、果たしてどのように聞きとれるのか。刺激的な書。

【村上と世界中の読者を結ぶ媒質は、どのようなものなのだろうか。そこには村上作品の翻訳だけでなく、映像化作品や、村上の影響を受けた創作物、さらには村上に影響を与えた創作物、さらには村上とその作品に関する批評や研究も含まれるというのが、筆者の考え方だ。そして、その全体が村上春樹の作品を世界文学にしているという見解を提示する。】……「序」より

世界文学であり、日本文学であること

野心的な書物だ。村上春樹がいかに世界文学なのかを描き切り、しかも日本文学だと位置づける。この離れ業を多彩なアプローチと綿密な論証でやりとげている。

まず、どう日本文学なのか。

村上春樹はデビュー当時、外国文学の影響を強調し、日本文学と無縁なふりをした。でも後年、十代は大江健三郎のファンでしたと認めた。目くらましだった。

村上の登場後、大江派と村上派が対立した。大江支持派は村上が嫌い。逆もそう。でも二人は似ていないか。加藤典洋氏の指摘だ。著者はそれを確認する。二人とも左派リベラルで、私小説の伝統に背を向け、文章は翻訳ぽく、幻想的で、暴力と性を描き、魂がキーワードだ。『万延元年のフットボール』『1973年のピンボール』と題名が似ている、など。

要するに、村上春樹は生粋の日本文学である。村上/大江/筒井康隆、が三角形の星座のようだと著者は言う。村上は筒井や大江からアイデアやプロットを多く借用した。数年前に著者の指摘でようやく気づかれた事実だという。

では、どう世界文学なのか。

著者は反村上派。≪告白すれば…もともと「アンチ」だった≫。でも、海外で翻訳の村上作品を読むと≪至純の声が響いてきた≫。反撥(はんぱつ)は自分の≪日本人としての偏り≫なのかも、と気がついた。

≪至純の声≫とは何か。村上の文体のモーツァルトのような精妙さだ。それは、日本の小説の文章の余計なクセを削ぎ落とした大江の文体を、さらに突き抜け獲得できた。≪村上が大江を否定しながらサンプリングすることで、村上は村上にな≫った。大江も証言する、≪村上さんは、自分の口語体を新しい文章体に高め≫ていて、その≪めざましさは、私など達成…できなかったものです≫。

日本語なのに日本語を越え、言語の本質に届く。著者はそれこそが、翻訳しても揺るがない村上文学の核だと考え、英中独仏など8種の翻訳を綿密に検証する。

≪本書の目的は、村上文学をサンプリング、翻訳、アダプテーション、批評、研究からなる、独特の世界文学的構造体として提出する≫ことです、と著者は言う。村上が先行の作家に影響されたり、翻訳文体に影響されたりそれがまた翻訳されたり、映画化されたりマンガやアニメの世界観に投影されたり、といった幅と拡がりの全部(ポリフォニー)が村上文学なのだ。本書も当然その一部だ。

ここまで大きな本書の構えは、従来の批評の枠をはみ出してしまう。「脳の多様性」を論じる補論がユニークだ。著者は≪当事者批評≫を実践する。精神科医が作者を診断する病跡学の拡大版だ。村上氏も著者と同じ発達障害の一種の≪自閉スペクトラム症グレーゾーン≫では、と見当をつけ診断する。デタッチメント/…/独特すぎるユーモア/凝り性/…/収集癖/オウム返し/…/あちらの世界とこちらの世界/…など、あるある症状のオンパレードだ。

村上作品は目の前にあるのに、これまでうまく論じられて来なかった。村上氏本人が批評家にアカンベーをしている。でも作品には本人も知らない創作の秘密が隠れているはず。本書はそこに攻め込み、橋頭堡(きょうとうほ)を築いた。ドイツ文学が専門の著者のホームランだ。
村上春樹研究: サンプリング、翻訳、アダプテーション、批評、研究の世界文学 / 横道 誠
村上春樹研究: サンプリング、翻訳、アダプテーション、批評、研究の世界文学
  • 著者:横道 誠
  • 出版社:文学通信
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2023-09-30
  • ISBN-10:4867660183
  • ISBN-13:978-4867660188
内容紹介:
新しい村上春樹をめぐる文学史のために。旧来の作品研究を大きく乗りこえていくにはどうしたらよいか。本書は村上文学をサンプリング、翻訳、アダプテーション、批評、研究からなる、独特の… もっと読む
新しい村上春樹をめぐる文学史のために。
旧来の作品研究を大きく乗りこえていくにはどうしたらよいか。
本書は村上文学をサンプリング、翻訳、アダプテーション、批評、研究からなる、独特の世界文学的構造体として提示する。

先行する作家との関係性、村上自身の渡独体験や作品の外国語訳・映像化作品、さらには「当事者批評」「健跡学」などの視点を導入することで、どのような風景が見えてくるのか。村上作品を取りまく文学的諸現象のポリフォニーは、果たしてどのように聞きとれるのか。刺激的な書。

【村上と世界中の読者を結ぶ媒質は、どのようなものなのだろうか。そこには村上作品の翻訳だけでなく、映像化作品や、村上の影響を受けた創作物、さらには村上に影響を与えた創作物、さらには村上とその作品に関する批評や研究も含まれるというのが、筆者の考え方だ。そして、その全体が村上春樹の作品を世界文学にしているという見解を提示する。】……「序」より

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年3月2日

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